小さくても実績を– 高校生が伝えるふくしま食べる通信 –[3.11がくれた夢〜東北を変える高校生たちのアクション〜]

「東北食べる通信」という情報誌がある。

僕たちは毎日口にする「食べもの」の作り手の顔をほとんど知らない。誰が、どんな想いで、どのように野菜を作ったり、魚をとったりしているのか僕たちは知らない。というか、知ることが出来ない。スーパーに行けば当たり前のように食べ物が並び、それを「値段」や「形」で選んで、持ち帰り調理する。作り手を知らない僕たちにとって生産者の「想い」や「こだわり」は食品をえらぶ基準にはなかなかなり得ない。

そんな中、NPO法人東北開墾代表の高橋博之さんは2013年、今まで見えなかった「生産者の想い」を消費者に届けることで、生産者と消費者を繋ぎ、一次産業を再生させるための食材付き情報誌「東北食べる通信」を創刊した。

2013年7月の創刊から現在まで、食べる通信には農業生産者や漁業関係者、そして消費者からも多くの共感の声が集まった。「つくる人」と「食べる人」が繋がることで「ありがとう、おいしかったよ」と言える温かみのある関係性に多くの人が共感した。そして全国各地からも「四国食べる通信」や「東松島食べる通信」「神奈川食べる通信」など様々な食べる通信が創刊されはじめた。そんな中、福島県郡山市からもこの4月に新しい食べる通信が創刊される。ただ、この食べる通信は他の食べる通信と少し違う特徴を持っている。

それは“高校生がつくる”食べる通信であるということだ。

福島県立安積高校3年 菅野智香さん、学校では写真部に所属する彼女がこの「高校生が伝えるふくしま食べる通信」通称「こうふく通信」の編集長を務める。

「大好きな福島が誤解されて悔しい」そう語る彼女は福島県の食材への風評被害を払拭するために同じ高校生の仲間たちと共に「高校生が伝えるふくしま食べる通信」を創刊する。

志をカタチに

11149213_1064605133556192_1081591730_n

1年前、まもなく高校2年生になろうとしていた彼女は毎日の学校生活に少し物足りなさを感じていた。勉強はそこそこ、部活も楽しい。でも、これといって後輩に誇れるものとか「自分の高校生活はこれだ!」と自信を持って語れるものを彼女は持っていなかった。だから学校生活を変える「何か」がしたい、そんな気持ちだった。

そんな時、彼女は友人から校外で開かれるあるスクールに誘われた。

「高校生のためのオープンスクール」福島県南相馬市で植物工場「南相馬ソーラーアグリパーク」を運営する半谷栄寿さんが福島県の復興人材を育成するために2014年の4月から始めた人材育成事業だ。講師は彼に加え環境ジャーナリストの枝廣淳子さん。このスクールで高校生は「自分がどんな事をしたいか」「何をどう変えたいか」というそれぞれの志に向き合いながら、プレゼン力、構想力、人を巻き込む力などを学び「志をカタチにする力」を身につける。

2014年4月、第一回目のスクールで「自分のやりたいこと」をスピーチする時間があった。伝えたい想いを書いたノートを片手に、彼女は緊張した声で想いを口にした。

「大好きな福島が誤解されて悔しい。だから福島県に対する風評被害を払拭したい」
勉強や部活で忙しい学校では、それぞれが抱える想いを語る時間はほとんどない。この短いスピーチはそんな彼女にとって、初めて口にした想いだった。

そしてこれが、1年間かけ、仲間と議論し、慣れないプレゼンを何度もこなしながら作り上げていく「高校生が伝えるふくしま食べる通信」のスタートだった。

大好きな福島が誤解されて悔しい

彼女は福島生まれ福島育ちの生粋の福島っ子だ。小さいころから自分が育ち、自分の大切な家族や友人がいて、思い出の場所がある福島が大好きだという。

しかし震災後、その福島は原発事故により「汚染された場所」として扱われることも少なくない。

彼女が中学生だったとき、母の友人が関東に出かけたときの話を聞いた。自動車のナンバープレートに“福島”と書いてあるだけで、駐車場を別の場所に停めなければいけなかったり、嫌がらせを受けたりした、という話だった。

また福島県産の農産物は関東圏では福島県産だとわからないように売られていることも多い。米は表記が「国産」となり、他地域の米とブレンドされて売られている場合も少なくないという。

そんな“福島”を多くの人が「悪い意味で」意識し、避けている状況が彼女は嫌だった。大好きな福島が誤解されて悔しい。そんな想いを抱いていた。しかし学生である彼女に「風評被害」を解決する方法など分かるはずもなく、想いは胸の奥にしまい込んだ。

高校2年生になって出会った「高校生のためのオープンスクール」。ここなら自分の心の奥にある想いを打ち明け、その想いをカタチにするための方法を学ぶことができる、彼女にとってスクールはそんな場所だった。

スクールでは様々な志を持った仲間と共に「風評被害の払拭」という目的を達成するための手段を考えた。講師の枝廣淳子さんに「『手段に挫折する』ことはあっても、また他の手段を考え実行していく限り『目的に挫折する』ことは決してない」と教えてもらった。高校生の自分が立ち向かうのにはとても大きすぎる問題なのは分かっていた。それでも何か行動したかった。「福島のアンテナショップを関東につくる」「映像で食の安全性をPRする」「タレントに宣伝してもらう」「イベントを開く」など彼女は沢山の手段を考え続けた。

そしてある時「東北食べる通信」に出会った。

東北食べる通信は一次産業の再生を目的とする情報誌だ。でも、もしかしたら「消費者と生産者をつなぐ」というこの情報誌の特徴を福島県の風評被害問題の解決にも使うことができるかもしれないと思った。

福島県の食の安全性は国が定めた放射性物質の数値による基準をクリアすることで守られている。でも「基準を下回っているから安心ですよ。食べてください」では福島の食品を買う理由にはならないと思っていた。

知って欲しいのは放射性物質の値じゃない、福島の食べ物の「おいしさ」だ。それに「あの人が、こんな想いで、こんなふうに作っている」という顔の見える信頼関係があってこそ「食べる人」は福島の食べ物を選んでくれると思った。「数値」ではなく「信頼関係」それが安心をつくってくれると思った。

「食べる通信」というずっと探していた手段をやっと見つけた。

自分の手で「ふくしま食べる通信」を作ろう、そう決めた。

小さくても“実績”をつくる

11101254_1064852473531458_7676964894764177900_o

夏休みには高校の課外授業が終わった後に東京に向かい、東北食べる通信のイベントで実際に食べる通信の読者の前で自分の想いを語った。賛同してくれる人も多かったが放射性物質の受け止め方や、関東での福島への見方についてなど厳しい意見ももらった。また、地元のスーパーで主婦の方々に福島県の食品に対するアンケート調査を行ったり、スクールの発表会で沢山のメディアや東北の復興に関わる企業や財団の方の前でプレゼンをしたりした。テレビ東京の「ガイアの夜明け」でも彼女の姿は伝えられ、彼女の志に共感した多くの人から反響があった。

そんな活動を続けるうちに一緒に活動してくれる後輩たちも現れた。現在「ふくしま食べる通信」は彼女を含め5人の高校生が編集委員として活動している。

スクールに通い始めたことがきっかけで沢山の人と出会い、少しずつ想いがカタチになってきた。

「『小さくても実績を作ろう』半谷さんに何度も言っていただいたこの言葉が心に強く残っています。どこかで誰かに想いを話しに行くとか、アンケートをするとか、一つ一つは小さいけどそれはきっと“実績”で、それを積み重ねるうちに沢山の人が協力くれるようになりました。これからもそんな小さな実績を積み重ねて、少しずつだけど福島のこと、私たちのこと知ってもらえたらなって思ってます!」

今年に入ってからも彼女は株式会社東芝の社員食堂でこの事業への想いを語ったり、3月末に行われた「全国高校生MY PROJECT AWARD 2014」という高校生向けのコンテストに出場したりするなど「小さな実績」を着実に積み上げている。

しかし、コンテストの結果は「予選敗退」だった。

「MY PROJECT AWARDに出場した周りの高校生たちは『何かをやり遂げた』という形のある実績を持ってきていました。だから説得力もあったし、多くの人から認めてもらえたんだと思います。でも私たちはまだ誌面が完成していなくて、形のある実績を持ってコンテストに出ることができませんでした。興味は持ってもらえても、まだ信用にはなりません。だからこそまずは一年しっかり食べる通信の発行を続けて、形のある実績を持ってまた来年リベンジしたいです!」

11160471_1064146753602030_1609363432_n

それでも彼女の積み重ねてきた小さな実績は「購読者」という形で多くの人を彼女の志の実現に巻き込み始めている。4月末に発刊される創刊号への申込者数は190人、目標であった150人を達成することができた。700人強で採算のとれるこのプロジェクトで彼女たちは最終的に1000人の購読者数を目指す。

しかし、この事業はあくまでも「社会的事業」である。購読者数をのばすことは決して事業の目的ではない。
「わたしの目標は風評被害で多くの誤解をもたれている”福島”が良い意味で意識されないような社会を作っていくことです。震災前と同じように、福島産の食品を普通にスーパーで手に取って、そして何気ない家庭の風景の中にまたあたりまえに福島の食材が並ぶ。そんな状況をつくって行きたいです。それに、福島の生産者と消費者が繋がることからお互いの持っている誤解も解いていきたいと思っています。確かに福島に対して誤解を持っている人は多いけれど、消費者の中には福島を応援して下さっている方も沢山います。『ありがとう、おいしかったよ』と生産者に伝えられる関係を作っていくことで『消費者は福島の食材を避けている』という生産者側の持っている誤解も解き、農家の方々が気持ちよく農業をやっていくことができるようにもしたいと思っています」

スクールを運営する半谷さんは毎回のスクールで「憧れの連鎖」という言葉を口にする。彼女の姿に憧れた後輩が編集委員としてこの事業に参加していくように、これからは「地元のために何かをする」や「志と向き合い、それをカタチにする」ことが多くの高校生の憧れになっていくかもしれない。

自分も福島のために何か行動をしたくなるような、そんな素敵な「憧れの連鎖」が始まっている。

文/西村亮哉 福島県立安積高校在学中