「地方創生」とは“縦軸”を問うプロセスであり、自治そのもの[まちづくり釜石流]

釜石創生アカデミーの風景

釜石創生アカデミーの風景

先日、第1回・釜石創生アカデミーを開催しました。約60名の市職員・市民の皆さんと講師役の大嶋啓介さん(居酒屋てっぺん代表)をお迎えし、「公開朝礼」や「本気のじゃんけん」が個人・組織に与える影響を学びつつ、釜石の未来をつくるエネルギーを共有しました。釜石版「本気のじゃんけん」の様子はこちらからご覧ください
これは大真面目にやっていて、年齢も性別も立場も越えて、「じゃんけん」というシンプルなアクションに全力を尽くす。議場という場所柄もあり(そうです、議場でやっているのです)、大島さんの講演も少し固めの雰囲気で始まりましたが、じゃんけんを通じて、体を動かし、大きな声を出すことによって、ポジティブな熱量が生まれる。この釜石創生アカデミーでは、「2040年の釜石を担うあたらしい行政・公務員のカタチを考える」というコンセプトのもと、全6回の公開講座を予定しています。

生き残りをかけた自治体間競争がはじまっている

昨年12月に閣議決定された「まち・ひと・しごと創生総合戦略」では、少子高齢化の進展に対応し、人口減少に歯止めをかけるとともに、地方がそれぞれの特徴を活かした自立的で持続的な社会を創生するという指針を示し、すべての都道府県・自治体に対して「地方版人口ビジョン」と「地方版総合戦略」を27年度中に策定することを求めています。そして、やる気のあるまちには人材・財政・情報のあらゆる面から支援すると。

ようするにこれは、“地方公共団体が自ら現状(人口動態や地域経済の実態など)を分析し、未来(どう生きていくのか)を選択せよ”ということです。石破地方創生相も「自治体が競争しろというのか、その通り。そうすると格差がつくではないか、当たり前だ。(中略)努力した自治体としないところを一緒にすれば国全体が潰れる。国の関与は教育や社会福祉などの最低限度の生活水準を維持するナショナルミニマムの保障にとどめるべきだ」とブルームバーグ社のインタビューに答えています(注1)。
こうした国の動きに呼応する形で、釜石市は「釜石市まち・ひと・しごと創生本部」を設置し、今年4月に「まち・ひと・しごと創生室」という専属チームを立ち上げました。昨年度まで産業振興部に所属していた「東北未来創造イニシアティブ」のメンバーとプロパー職員1名を創生室に迎え、私がディレクションを担当します。これは私にとっても、釜石市にとっても大きなチャレンジです。

3つのキーワード「ユーザー目線」「当事者性」「人材育成」

釜石市の人口推移

釜石市の人口推移

釜石市では、総合戦略のベースとなる問題分析や打ち手の洗い出しをおこなう庁内ワーキンググループメンバーを35歳以下に限定しました。これには2つ理由があって、1つはユーザー目線に立脚した施策立案をしたいという考え方です。釜石市の人口は現在約36,000人。今後も少子高齢化がさらに進展していくと考えられ、世代バランスの急激な悪化を避けるためには若い世代の結婚・出産の希望を叶え、生産年齢人口における社会減(転入者数-転出者数)を抑制していく必要があります。庁内ワーキングで取り上げる問題の多くは“自分たちの世代の問題”なので生活実感をもとに議論ができる。もう1つの理由は、未来の釜石を担う世代自身が、未来の釜石を真剣に考える機会をつくるという観点。人口動態の現状と将来推計を示す「人口ビジョン」ではターゲット年を2040年に設定しており、35歳以下というのは、2040年時点で現役の市職員であるという意味合いを持っています。
たとえば、“UIターン推進施策を立案する”なんて聞くと大仰に聞こえますが、昨年度の釜石市の社会増減はマイナス74人。つまり、約400人いる市職員が5年に1人のペースで友人や家族を釜石に連れてくれば、それだけで社会減は止まる。「自分の大切の人をここに移住させたいと思うかどうか」「そう思えるような環境をつくるために私たちは何をすべきか」。人が人を呼ぶという口コミの循環が人口動態に影響を与える5万人以下くらいの小さなまちでは、このくらい等身大の発想と問題の自分事化が重要なのです。

地方創生の総合戦略策定ワーショップの風景

地方創生の総合戦略策定ワーショップの風景

とはいえ、25年先の未来を予測することはそう簡単にはいきません。25年前にいまの生活を想像できた方は多分いないでしょうし、民間企業の中期経営計画だってまま外れます。技術革新のスピードが加速度的に向上していく現代では、社会の未来を予測することのハードル自体が上がっていて、そういう時代認識を前提にすると、2040年を考えるということは、いまできることを身の丈に合ったサイズで実行していくとともに、将来起こりうる変化にしなやかに対応し、その時々で価値を生み出すことのできるような人が育つ環境をいかにつくるか、という問いにも繋がっていきます。

地方から都会に発信すべきは人の生き様

内閣府は「地方への新しいひとの流れをつくる」という方針を掲げ、2020年までに東京圏から地方への転出者数4万増、地方から東京圏への転入者数6万減という数値目標を設定していますが、この背景には出生率と介護施設不足の問題があります。1人の女性が生涯に生む子どもの数を示す合計特殊出生率を都道府県別に見てみると、全国平均1.43に対して1.13と東京都の低さが際立ちます(注2)。また「1都3県の高齢化率が急激に上昇し、今後10年間で後期高齢者が175万人増える」といった試算もあり、地域間の人口移動には首都圏と地方圏の両方が関心を寄せています(注3)。

釜石市の風景

釜石市の風景

ただ、ここで留意しないといけないのは、人口移動によって人々の幸せの総和が増えないとあまり意味がないということです。ややもすれば、自治体で施策立案をやっていると“うちだけ人が増えればいい”となってしまいがちです。なんらかの優遇策によって、隣まちからの転入者を一時的に増やすことができても、それは本質的ではありません(2地域の合算でみればプラスマイナスゼロ)。都市部から地方へのUIターン推進でも考え方は同様で、「最近は地方移住を希望する若い世代が増えている」と言われますが、それは“どこでもいい”というわけではなく、自分の価値観やキャリアイメージにピンとくる場所・機会を模索しているのです。いま思えば、震災復興という未曾有の出来事に心を揺さぶられ、気づいたら釜石へ移住していた私自身も被災地で復興に向き合う方々の生き様に惹かれた1人でした。地方から都市部へ発信すべき、訴求力のあるメッセージとはライフスタイルや人の生き様なのです。

被災地に人材を惹きとどめるものが「課題」から「哲学」に変わりつつある

震災から3年が過ぎた頃から、被災地域間における人材の誘致・活用格差が生まれているように思います。ヨソモノに適切な役割を提供し、地域と一緒に新しいチャレンジに取り組むことで、地域の価値が向上し、人やまちが開いていくことで、また新たなヨソモノを惹きつける。そんな正のスパイラルに入っている地域と、勇気を出して飛び込んでみたものの、まわりの理解を得られなかったり、モチベーションが持続せず、挑戦者たちが流出することで、地域の温度が下がり、そのことがまた地域のチャレンジを抑制する、といった負のスパイラルに入っている地域との差が開いている。
これは結果論かもしれませんが、震災後に多様な人材を被災地に惹きつけていたものは「課題」です。それは、復興プロセスに包含された「困難性」や「不確実性」とも表現できるでしょう。しかしながら、震災の風化とともに、その力が弱まるにつれて、地域のビジョンが問われるようになり、その「哲学」がスパイラルを押し上げるのか、押し下げるのかを方向付ける大きな要因になっているのです。

哲学を持つということは“縦軸”を決めること

人口減少時代の「復興」イメージ

人口減少時代の「復興」イメージ

中越地震(2004年・新潟県)からの学びの1つに「人口減少時代における復興」という考え方があります。経済が右肩上がりの時代と右肩下がりの時代では「復興」の意味が変化する。右肩上がりの時代は「復旧=復興」であり、壊れたものを直せば世の中は勝手によくなっていったが(少なくともそう思えたが)今はそうではない。「復旧≒復興」の時代は、どうすれば復興したと言えるのかという正解のない問題に向き合い、地域が自分たちで復興を成し遂げたと感じることのできるような、新しい評価軸をつくっていく必要性をつきつけます(注4)。
これは「地方創生」を考える上でも重要な問いです。誤解を恐れずに言えば、ほとんどの小さな自治体において人口がV字回復するような未来を描くことは不可能です。全国の自治体が試算する将来の人口を合算すると日本全体で2億人を超えるといった笑い話に象徴されるような、根拠なきメッセージはビジョンになり得ません。

だとすれば、私たちがいま取り組むべきは、住民票上の人口や経済規模に留まらず、地域が地域のアイデンティティを感じ、自分の大切な人をこのまちに呼びたいと思えるような共通言語を市民とともにつくりあげていく作業ではないでしょうか。そして、それは自分たちの“縦軸”を見つめなおし、行政・企業・市民ができることを役割分担していく過程に他ならないし、そのプロセスを内側に閉じず、社会と共有していくことが結果的に移住推進にもつながります。自分たちの評価軸を磨き上げる作業は、市民一人ひとりのたゆまぬ運動によってのみ成り立つ。地方創生とは「自治」そのものなのです。

連載『まちづくり釜石流』では、復興と地方創生のはざまで新たな価値創出に挑むオープンシティ・釜石の軌跡を共有し、人口減少時代のまちづくりの未来を綴ります。

文/石井 重成 釜石市総合政策課まち・ひと・しごと創生室長

注1 http://www.bloomberg.co.jp/news/123-NIKJY96JTSEB01.html参照
注2 http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei13/dl/07_h3-2.pdf参照
注3 http://www.policycouncil.jp/pdf/prop04/prop04_digest.pdf参照
注4『震災復興が語る農山村再生-地域づくりの本質-』p.54,62参照