福島県内の学校現場では、2011年度から「放射線教育」の模索が続いている。放射線の影響から子どもたちを守り、健康で安全な生活を送ってもらうため、県教育委員会では放射線教育の指導資料「放射線等に関する指導資料」をまとめて各学校へ配布し、活用をはたらきかけている。
理科の教科にとどまらず、学級活動や技術・家庭科、社会科など、他教科と連携した授業を推奨し、人権教育や防災教育にもつなげる意図が盛り込まれている。最新版となる2014年度の第3版には、前年度に指定した実践協力校4校での実践例も掲載され、「どう教えていいのかわからない」と戸惑う教育現場の声にも配慮した。こうした働きかけの結果、現在は県内の全小・中学校で、さまざまな教科の枠で放射線教育が実施されるようになった。
自分で「測る」体感型の授業
郡山市立桑野小学校では去る5月19日、6年生児童87名を対象に、初めて児童自ら測定器を使う放射線授業が実施された。これまで桑野小学校では、授業で放射線を取り上げる機会はあったものの、児童自ら測定器を使う機会は初めてのことだ。授業を主に担当したのは理科・地質学が専門の坂内智之先生。坂内先生は震災直後から、子どもたちへの放射線教育に心を砕いてきた。イラストレーターと共につくった著書『放射線なんか、まけないぞ!』もある。
いまの6年生は事故当時まだ2年生。同じ環境で育った子どもたちといえども、放射線に関する理解度や原発事故の感じ方はさまざまだ。大人たちから「外で遊んじゃいけません!」などと言われ、大きな問題が起こっているらしいと感じていても、その意味を深く理解するには至らなかっただろう。
そこでまず、測定に取りかかる前に、スライドを用いた授業で放射線に関する基礎知識の確認を行った。放射線にはα線、β線、γ線などの種類があること、放射線がDNAを傷つけるしくみ、「放射能」と「放射性物質」の違いなど、大人でも混乱しがちな言葉の意味を確認し、自分たちが何を学ぶべきかという課題意識を掘り起こす。
その後、いよいよ測定スタートだ。測定器の使い方を教わった児童たちは、4〜5名ごとの班に分かれて教室の外へ飛び出した。校庭や通学路を歩きながら、児童の足で50歩、およそ30メートルごとに、地上50センチの空間線量率を測り、地図上に記録していく。
測定を終えて教室に戻ると、測定結果の数値に応じて色付けした放射線量マップをつくる。こうして線量分布を「見える化」することで、ほんのわずかしか離れていないところでも線量にバラつきがあることに自ずと気づく。
坂内先生は「どういう場所の線量が高かった? 線量の違いが出るのはどうしてだろう?」と問いかけた。教科書で学ぶだけでなく、単に測るだけでもなく、自分で考えさせるのが坂内先生の授業の特徴だ。友だちと相談したり、じっくりと考えたりした子どもたちからは、「コンクリートだけじゃなくて、植え込みの木のあるところが高かったみたい」「道路の放射性物質が雨で流れて、側溝に溜まっているのかも」といった意見が相次いだ。
放射能教育は生きる力を養うこと
坂内先生は、「放射線教育は生きる力を養うこと」と言う。「福島の子どもたちは将来、とくに県外の人に無理解から生じる心ない言葉をかけられることがきっとある。そのとき、逆に放射線とどう向き合ってきたのかを説明できれば、必要以上に傷つかずに済むはずです」。桑野小の放射線授業は、単に知識を身につけることが目的ではない。子どもたちに力強く生きてほしいと願う先生の思いが込められている。
この日の授業は、除染や放射線に関する最新情報を発信する拠点「除染情報プラザ」(福島市)との協働プロジェクトでもある。同プラザでは従来、市町村や町内会、学校などへ専門家を派遣する「出前講座」を行っているが、その発展形として2015年度から、より学校側のニーズに則した機会を提供する体制を整えた。小学1年生から中学3年生まで、児童・生徒の習熟度に応じて、紙芝居や実験など、さまざまな手法を用いた授業プログラムを用意し、学校現場の放射線教育に協力していく。除染情報プラザでは、「福島に住んでいる以上、除染に関する理解は欠かせません。子供たちを通して親御さんにも知ってほしい」として、取り組みの重要性をアピールしている。
授業の最後に、感想を求められた男子児童がこう言った。「もう大丈夫かなと思っていたけど、これからもずっと放射性物質と付き合っていかないといけないと思った」。こうした覚悟を子どもたちに強いている現状から、大人は決して目を背けてはならないはずだ。
文/小島和子
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