新入社員研修@福島。日本HPがつかんだ確かな手応え

初の「体験型」社会貢献研修

 日本ヒューレット・パッカード株式会社(日本HP)は2015年5月、新入社員を対象に3日間の体験型社会貢献研修を行った。計93名の新入社員は、まず全員で東京・江東区にある本社周辺の清掃活動を行った後、3グループに分かれて各地で体験型の社会貢献プログラムに参加した。

 グループのひとつ、17名は福島に向かった。双葉郡広野町の「ふたば未来学園高校」での特別授業や南相馬市長との対話などを通して、福島の今と未来を考える復興支援プログラムだ。このプログラムの狙いは、多様な価値観に気付いてもらうこと。そのため、現地のNPOや教育機関、以前から復興に携わっていた県外の活動家など、HP社外のさまざまな立場の人を巻き込み、プログラム自体が特定の価値観に縛られないよう工夫した。

生活の中で、ITはどんなところに使われているだろう?」こう投げかけると、最初は考えこんだ高校生も、次から次へと自分とITとの接点について語ってくれた。復興支援プログラムの参加者は、どのグループよりも準備に時間をかけて研修に臨んだが、その頑張りがいい形で結実した。

生活の中で、ITはどんなところに使われているだろう?」こう投げかけると、最初は考えこんだ高校生も、次から次へと自分とITとの接点について語ってくれた。復興支援プログラムの参加者は、どのグループよりも準備に時間をかけて研修に臨んだが、その頑張りがいい形で結実した。

新入社員と高校生の年齢差は「きょうだい」といってもいい程度。それでも、猛スピードで進化するITに関しては、歴然とした「世代の差」があることが発見できたのも、グループディスカッションの成果だ。

新入社員と高校生の年齢差は「きょうだい」といってもいい程度。それでも、猛スピードで進化するITに関しては、歴然とした「世代の差」があることが発見できたのも、グループディスカッションの成果だ。

 ふたば未来学園高校は、2015年の春に開校したばかりの新設校。県内初のスーパー・グローバル・ハイスクールに指定されるなど広く注目され、外部講師に一流著名人を招くなど特色あるカリキュラムが組まれている。「錚々たる顔ぶれのゲスト講師の話を聞き慣れている高校生相手に、新入社員が授業などできるだろうか?」こう案じていたのは、準備段階から研修を見守り、現地にも同行した法務・コンプライアンス統括本部長の井上修さんだ。

 ところがいざ授業が始まってみると、その心配は杞憂に終わった。高校生たちの明るい表情に促されるように、社員たちは生き生きと授業を行い、グループディスカッションを楽しんだ。参加した新入社員の堀田玲璃奈さんは、「たった5〜6歳しか違わないのに、ITに対する感覚がずいぶん違うことも興味深かった」と「世代間交流」を楽しんだ様子だ。授業を見ていた井上さんも、「教室内にいい『気』が流れていた。社員たちの期待以上の頑張りに大満足」と高く評価する。

東北ならではの熱気に「人としての強さ」を学ぶ

 現地のキーパーソンとの対話からも、新入社員は大きな刺激を受けた。その一人、南相馬市の桜井勝延市長は、震災当日から一貫して復旧・復興の現場で指揮をとってきた人物だ。市長は単に自治体の首長としての立場を越えて、予定時間を大幅にオーバーしてまで、甚大な被害にあった地域の生活者としての生の声を聞かせてくれたという。福島プログラムの企画立案を担った、HP社員の藤田知洋さんは、「これから社会を担う新入社員だからこそ、熱い思いを聞かせていただいたのだと思う。まさに『語り部』と呼びたくなるような迫力だった」と振り返る。

「おだかのひるごはん」の和田智行さん。ほかにも、もともと養蚕と織物が盛んだった小高地区の特性を生かした「小高天織プロジェクト」や、シェアオフィス「小高ワーカーズベース」の運営などを手がける。

「おだかのひるごはん」の和田智行さん。ほかにも、もともと養蚕と織物が盛んだった小高地区の特性を生かした「小高天織プロジェクト」や、シェアオフィス「小高ワーカーズベース」の運営などを手がける。

 ほかにも南相馬市では、全域が避難区域に指定され、今も全住民が避難している小高地区でコワーキングスペースや食堂「おだかのひるごはん」を営む和田智行さんを囲み、HP社員が何をなすべきかという対話を車座になって行った。

 井上さんは、「復興現場を訪れて思うのは人の強さ」だと言う。「非常に厳しい現実に直面しながらも、ものごとのいい面を見出し、視点の置き方次第で課題をチャンスに変えられることを教えてくれる。これは仕事でも必要な姿勢そのものだ」と、「社外の熱」に接する機会を得られる東北ならではの価値を強調する。「イノベーションを起こそうとしている人たちに、こんなにたくさん出会える場所はそうそうない」と藤田さんも同感だ。

社員のエーゲンジメントを高める社会貢献

 この新入社員研修の成果の1つは、参加者の98%が「有意義だった」と答える満足度に表れている。とくに、「社会課題の解決にITが果たせる役割について考えるきっかけになった」という社員も多く、技術革新を通じて未来への貢献を目指す同社にとって、こうした意識付けができたのは本業への何よりの好影響といえる。

法務・コンプライアンス統括本部長の井上修さん。この研修を通して再確認したのは、「多様性があるほうが組織は強くなる」ということ。「そのためHPの社員には、社外でもさまざまな経験を積んで、幅広い考え方を身につけてほしい」

法務・コンプライアンス統括本部長の井上修さん。この研修を通して再確認したのは、「多様性があるほうが組織は強くなる」ということ。「そのためHPの社員には、社外でもさまざまな経験を積んで、幅広い考え方を身につけてほしい」

 以前から同社では、さまざまな企業ボランティア活動を行うほか、年間最大6日間の社会貢献休暇が取れるなど、社員の自主的な社会貢献も奨励してきた。社長室・コーポレートコミュニケーション本部の岸良百子さんによれば、「ボランティアに参加したことのある社員のほうが帰属意識が高い」。たとえば社員の意識調査では、「自社を素晴らしい職場として推薦できるか」という問に肯定的に答える割合が、一般的なボランティアに参加した社員は、ボランティア経験のない社員に比べ20% 以上高い。「そうはいっても、キャリアを重ねるにつれ忙しくなり、ボランティアの時間が取りにくくなるのは事実。だからこそ、時間に余裕のある新人時代に、ボランティアに関心を持つきっかけをつかんでほしい」。井上さんは新入社員研修に込めた思いをこう明かした。

 研修に参加した阿部和樹さんは、「『ボランティア』というとハードルが高いけど、何か面白いことしよう!と、気構えずに参加すればいいと思う。誰かの話を聞くだけなら学生時代と変わらないけど、今回の研修で自分も舞台に上がれた気がする」と参加型の研修から確かな手応えを得た。堀田さんは、「まだ簡単なボランティアしかできないけれど、初めて他人のために成長したいと思った」と語り、秋には再び東北ボランティアに出かける予定だという。

 岸良さんは、「被災地の状況は刻々と変わっているため、実施内容は都度検討する必要があるが、新入社員研修に何らか東北のプログラムを組み込んでいきたい」と早くも来年への見通しを視野に入れている。社会貢献と本業の好循環にさらなる進化が期待される。

文/小島和子