進まない高台移転を法律で変える(後編)

弁護士が見た復興

震災直後の被災者支援、復興計画における政策決定、事業者や生活者の再建支援など、復興の現場では様々な場面で弁護士が関わっています。現地での支援や後方支援に当たった法律の専門家から見た復興と法律に関するコラムを、現役弁護士がリレー形式で書き下ろします。第11回となる今回は、2011年に日本弁護士連合会災害対策本部室長として東日本大震災後の支援を行い、「災害復興法学」の創設者でもある岡本正弁護士が、「進まない高台移転を法律で変える(前編)」「進まない高台移転を法律で変える(中編)」に続く最終回として、東日本大震災復興特区法の法改正実現後の動きと実績について紹介します。

法案の一本化と修正を目指して弁護士が奔走

議員立法への期待が大きかっただけに、被災地を落胆させ、地元新聞からも厳しい批判を受けてしまった【第一法案】【第二法案】ですが、いずれにせよ目的が同じであり、手法も同一である以上、被災地のニーズに応えるべく超党派での「一本化」を目指すことになります。すべてはこの与野党すり合わせによる「一本化」作業の過程の中に、被災地のニーズを正確に組み込めるかどうかにかかっていました。

弁護士たちも国会の説得に奔走することになったのです。

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2014年4月23日、ついに東日本大震災復興特別区域法の改正案が参議院本会議で可決しました。法案は一本化され、内容も修正され、衆参全会一致での可決となりました。最大の懸念事項であった、所在不明の土地に対する調査の負担が大幅に緩和されました。「なぜ移転先の土地造成工事が始まらないのか」という被災地の切なる叫びに応えることができる法案が成立したのです。

法案成立、政府による補完で復興加速が現実化

法案成立で万事解決とはならないのが、今回の課題でした。
現場の収用委員会などに、法案を解釈して活用してもらうガイドラインを作成する必要があります。本当の勝負は、運用の指針たるガイドラインの出来にかかっていたのです。今度は、法案の関係所管省庁となる国土交通省や復興庁とのすり合わせとなります。弁護士も被災地自治体も、政府との最後の詰めの作業に奔走することになります。

2014年5月20日、国土交通省総合政策局長通知「東日本大震災復興特別区域法等における収用法の特例について」が公表されました。被災地の現場にとっては非常に使えるものができたと評価しています。たとえば、土地の収用について決断する収用委員会の委員らに向けて、改正した法案の趣旨を活かして土地収用を加速化するよう「念押し」をするという作り込みようだったのです。ここにきて、ようやく安心することができたのです。復興庁も「住宅再建・復興まちづくりの加速化措置(第五弾)」として大きくPRすることになりました。

裁決申請に要する資料等については・・・起業者に対して過大な書類の提出を求めることなどにより申立ての遅延を招くことのないよう十分留意されたい。
2014年5月20日付 国土交通省総合政策局長通知「東日本大震災復興特別区域法等における収用法の特例について

また、所有者不明の土地について土地収用を行う時のガイドライン「不明裁決申請に係る権利者調査のガイドラインについて」にも、かなり細かい書き込みがされています。収用委員会の決裁を後押し、手続きを止めないようにしようという思いが込められています。

・・・留意すべき点としては、土地所有者等についての第一義的な調査義務は起業者にあります。収用委員会の職権調査の程度については、起業者に求められるものと同等で足りるのであって、いたずらに詳細な調査をして、労力・時間を徒過することは土地収用法の趣旨からいっても好ましくありません。このため、収用委員会は、起業者が行った調査が適正であるかどうかを主として確認し、適正であると認められるのであれば、速やかに結論を出すことが求められます。
2014年5月23日付 国土交通省総合政策局総務課長通知「不明裁決申請に係る権利者調査のガイドラインについて」

復興事業への活用と岩手県知事からの表彰

岩手県内における法改正の成果事例を2つ紹介します。一つは、土地収用法の特例である「緊急使用期間の半年から1年への延長」がもたらした工事の前倒しの実現。もう一つは、都市計画法の特例である「小規模団地住宅施設整備事業」による、小規模な高台移転のための土地収用の実現です。改正法案がフル活用されています。

さらに嬉しいサプライズがありました。2015年、岩手県から岩手弁護士会に対し、復興直後からの様々な被災者支援の功績を評価され「感謝状」が贈られたのです。また、日本弁護士連合会、東北弁護士会連合会、東京弁護士会法友会に対しても、復興特区法の改正に向けた協力に対して、「御礼状」が授与されました

忘れてはいけない【第三法案】の可能性と意義

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【第一法案】と【第二法案】はいずれも一本化され、前述の通り高台移転を促進する法案となりました。では、残された2014年4月2日提出の「東日本大震災復興特別区域法の一部を改正する法律案」【第三法案】は、もはや不要なのでしょうか。この法案も復興のための土地収用の特例を定める法改正案です。ごく簡単にいえば、中立性の高い第三者機関の監督のもとで、復興事業の認定と土地収用を進めるというものです。所有者不明の土地については、補償金の供託等によって前倒しで工事ができるようにします。復興事業の認定をする際には、住民協議や手続参加の機会を確保することで、憲法上の手続保障の機会や、財産権侵害に最大限配慮する仕組みです。復興庁が「憲法上の財産権の侵害」を理由に法改正に消極的だったことを受けて練り上げた法案なのです。

残念ながら、この【第三法案】については、国会での実質的な審議の機会は巡ってきませんでした。しかし、この法案が不要になったと断定するのは時期尚早ではないかと考えています。「想定外の巨大災害を可能な限り『想定』する」という防災の基本を考えれば、復興や生活再建に資する選択肢は多ければ多いほど良いと考えられるからです。首都直下地震や南海トラフ地震により被害が予想される地域は、人口密度も高く、財産も集中し、土地の権利関係はより一層複雑になっています。大規模なまちづくり・都市計画が必要になることを想定しなければなりません。そうであるならば、将来の巨大災害に備えて【第三法案】の手法が重宝される可能性が十分残っていると考えています。

「進まない高台移転を法律で変える(中編)」と今回は、「法案の提出とその後」に着目してお話ししてきました。復興法制に関する弁護士の関与が、法案の提言や要望にとどまらず、世論の喚起、法案の審議、法案成立後のフォローなどに及んでいたことを、少しでも実感いただけたら幸いです。

文/岡本正 岡本正総合法律事務所所長・元内閣府行政刷新会議事務局上席政策調査員

⇒進まない高台移転を法律で変える(前編)
⇒進まない高台移転を法律で変える(中編)