福島第一原発事故による放射能汚染への不安や農作物に対する風評被害に直面しながらも、地元の消費者や農家らは知恵を絞り、少しずつ生活基盤を取り戻している。そんな彼らの生活を4年超にわたって支えてきたのが、中通り地方を中心に食品の宅配事業を展開している生活協同組合「あいコープふくしま」(郡山市)だ。事故直後に組合員の約1/4が脱退する危機を前に、どんな手を講じてきたのか。佐藤孝之理事長を訪ね、これまでの軌跡とこの先の希望に光を照らす。
組合員から回収した農産物は1800点に
「この地で暮らすと決断した組合員と家族の生活と健康を守らなければならない」。事故発生直後、放射能汚染への不安から約3000人いた組合員の1/4ほどが各地に避難・脱退する中、あいコープふくしまは使命感を胸に「何とか対策をすれば凌げるのではないか。組織的な防御態勢をとろう」と心に決めた。
「測って安心、測って対処」。まず徹底したのが、農作物の放射線量の測定だ。事故直後はコメなどの農作物や水、土壌の放射線量を測定。当初から目標としたセシウムの基準値(10ベクレル/㎏)を下回るケースが多く、今では主要農産物のほとんどが検出下限値(1ベクレル/㎏)以下になっている
また、農家の中にも県外に避難したり、営農を断念したりする人も少なくなかったが、各地の農家を集めて毎月、交流会を開催し、意見をぶつけ合いながら必死の思いで効果的な汚染対策を練り上げてきた。
さらに、翌2012年7月からは、取り扱う商品だけでなく家庭菜園(自家農園)や知人などから譲り受けた農産物の測定にも乗り出した。毎週の定期宅配時に組合員から農作物を回収し、会報誌「ひまわり」(週1回発行、発行部数:約2300部)で品目毎に測定日や採取場所、量、時間、そしてセシウムの検出結果を一覧表にまとめ、公開した。やや高い数値については「なぜそうなったか」といった分析・解説メモが記されている。
最近の例でいえば、今年2月に測定した須賀川産・干し柿の測定数値について、「1㎏食べて12.94ベクレルだから、1個100gとすれば約1.3ベクレルでかなり低い数値になる」などと解説が加えられている。数値だけを見て一喜一憂せず、食べる量や回数などを試算することで危険を排除できることを周知させているのだ。今年7月現在、組合員から寄せられた農産物の測定数は1800点を超えた。地道な測定作業と数値の公開、分析の積み重ねが、消費者にとってどれほど役に立ったかは想像に難くない。
食生活改善など免疫力アップで「攻めの守り」を
一方で、「食べ物と体は車の両輪」との考えから、2013年5月には「ホールボディカウンター」(WBC)による内部被ばくの測定も開始した。これまでに800人を超える組合員とその家族が測定し(今年3月末)、ほぼ全員が検出限界値(400ベクレル/ボディ)以下だったという。
さらに、測定後に「数値がどういう意味を持つのか。説明し、話し合い、議論することが重要だ」と指摘する。行政や学者の見解を鵜呑みにせず、自ら学習し、判断力をもつ――。説明や議論を重ねてきた結果、今こうした組合員が育ってきているという。「不安だらけの中でこの地に残ると決断した。どうしたら少しでも安心を確保できるか。苦労の連続だったが、明るく元気になる組合員や家族が増えてきた」
こうして「測って安心、測って対処」を徹底する一方、現実的に福島で生活していくためには一定の外部被ばくを考慮したうえで、その対策を講じることも不可欠だった。そこで目を付つけたのが、「免疫力」を向上させることだ。
「チェルノブイリ原発事故の例からも、『風邪をひきやすい』『頭痛がする』といった症状が圧倒的に多かった」とする中、一切の放射能汚染を避けることに神経を尖らせるよりも、「もともと備わっている細胞の修復機能や、体内に取り込まれたセシウムなどを排出する能力、つまり免疫力を高めることが『攻めの守り』になる」との考えに辿り着いた。
それを象徴する1つの事例がある。母乳検査でセシウムが検出された際、セシウムの排出を促進させるリンゴを筆頭に免疫力を高めるための食生活を実践してもらったところ、3週間後に不検出という結果が出たのだ。このように栄養バランスのとれた食事のほか、週末には家族みんなで遠方に出かけ、心身をリフレッシュさせる「避難ツアー」も積極的に開催。体を動かしてストレスを解消し、放射能以外の農薬や添加物を含めた「生協生活」を充実させることで「トータルでリスクを減らす」ことを心掛けてきた。
「体験」がキッカケに、不安乗り越え母親に笑顔
事故直後に避難した組合員はいまだ避難先にとどまっているケースが多く、事故前の姿に戻るまでにはまだ時間がかかりそうだ。ただ、登録組合員の総数は事故前の水準にまで回復しつつあるという。4年が過ぎ、「家庭や経済的な事情でやむを得ず避難先から戻ってくる新規加入者が増えている」というのだ。そうした新規組合員には、少しでも早く不安を払拭してもらおうと、組合員同士の交流会などを開催。「不安を抱えている人は県内にまだ数多くいる。繰り返し呼びかけ、活動を広げたい」としている。
そうした変化が生まれる中、今は「体験」という言葉に新たな希望を見出している。今年3月、山形県に避難した母子による「山形避難者母の会」と交流した際のことだ。福島産の野菜を使った「しゃぶしゃぶ会」が催され、15人ほどの母親が集まった。
しかし、「いざ食べようという時になると、みんなの手が固まって動かなかった。『1ベクレル以下だから大丈夫』と言葉で説明されても、福島産のモノをずっと食べてこなかったわけだ。この4年間を否定することにならないかなど、いろんな思いが交錯したのだろう」
ただ、重い手を動かし、口の中に運んだ瞬間、「『美味しい』と笑顔が弾け、場が一気に和んだ」。その光景を目の当たりにし、「実際に食べるという『体験』と、それを他人と共有することが、不安から一歩踏み出すきっかけになる」とひらめいた。今後、こうした交流会は積極的に開催していきたいとしている。
また、行政との連携も視野に入れている。農産物の測定や風評被害への対策などに関する行政主体の事業は、現状は専門家による講演などがメインになりがちで、情報が一方通行となり議論や体験が生まれにくい状態になっているという。あいコープふくしまが4年超にわたって積み上げてきた「測って安心、測って対処」に新たに「体験」を加えた取り組みを、今後は行政とも協力してさらに組織的に広げていきたいと考えている。
福島で暮らす人たちは放射能汚染という見えない不安を抱えながらも、まずは明日、そして明後日と、1日1日を安心して過ごすために学び、話し合い、その中から希望を見出している。測定し、議論し、正しく理解する。そして実際に食べてみる。これを組織的に積み重ねていくことが、安心な生活を取り戻すための処方箋になりそうだ。
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