震災以降立ち上がった東北の団体のリーダーの元に、若手経営人材「右腕」を3年間で約200人派遣してきた「右腕派遣プログラム」。東北で活躍する「右腕」とリーダーのインタビューを紹介します。
宮城県の牡鹿半島の根元に位置する小さな入り江、蛤浜(はまぐりはま)。津波の被害を受け世帯数が3軒に減ってしまったこの浜で、そこが元々持っている魅力を再発見し、カフェをはじめキャンプ場や自然学校などの新たな取り組みによって浜を再生しようというプロジェクトが進んでいます。今回は、今年5月に右腕派遣期間が終了する島田さんと魚谷さん、そして本プロジェクトのリーダーである亀山さんにお話を伺ってきました。
蛤浜再生プロジェクト(宮城県石巻市)
右腕:島田 暢さん、魚谷 浩さん
リーダー:亀山 貴一さん
― ではまず、右腕になる前は何をされていたのか、またどういったきっかけで右腕になろうと思われたのでしょうか?
島田さん:名古屋でクレーンオペレーターとして働いた後、地元の種子島に戻ってさとうきびの運搬などをしながら島暮らしをしていました。その時に震災が起こり、すぐに石巻の災害ボランティア団体に所属し活動を始めました。重機や大型車も扱えるので、震災直後は瓦礫運搬やボランティアの送迎を行っていましたが、被災店舗の改装工事も始め、その後ネクスト石巻というグループをつくりそちらの活動にシフトしました。ちょうどその時期に亀山さんと知り合い、彼の書いた企画書を読ませてもらって、その二日後には蛤浜まで来ていました。とにかく目の前にあることを一緒にやってみようという感じで、それがきっかけだったと言えますね。
魚谷さん:調理や店舗管理、オペレーションなど飲食関係の仕事をしていましたが、震災直後の4月に石巻へ来て、島田さんと同じNPOの活動に入りました。最初は一般ボランティアとして活動していたのですが、その後は店舗再生班の班長や宮城県の責任者を任されました。団体の仲間を通じて亀山さんに出逢い、最初は団体として亀山さんのサポートを検討していたのですがそこではご縁がなく、2012年9月から個人でおでんの屋台をやっていたところ、そこにお客さんとして来てくれていた亀山さんから熱い想いやビジョンを聞いたのがきっかけです。
― 通常の右腕派遣のプロセスでは、マッチングフェアなどを通してリーダーと出会うわけですが、お二人の場合はちょっと違うということになるんですね。東北で活動を続ける中で、ご自身それぞれ、亀山さんと出会った。
魚谷さん:そうですね、そういうことになりますね。でも、その後正規のプロセスを経て右腕となりました。
― それでは、これまで右腕としてやられてきた仕事内容について教えてください。
島田さん:重機を扱えるので、主にハード面の整備が担当です。浜の山を切り拓いたのと、土砂災害もあり山の整備が必要だったので、まずそれに取りかかりました。また、企業や学生の研修を行っているのですが、これまでの半年間で300人は受け入れてきました。あとはカフェの裏に釜戸を作ったり、大学生ボランティアと宿泊施設の整備をしたりして、今後の受入体制の強化に繋がる取り組みをしてきました。
魚谷さん:僕は飲食の経験を生かしてカフェの料理やオペレーションを担当し、その他には亀山さんのサポート全般を行っています。これまでやってきてすごく実感しているのは、僕が「よそ者」だからこそ、地元の方々が浜で生きる知恵や伝統などについて色々と教えてくれるということです。その教えてもらっていることを生かして、新しいメニューの考案を含め地の物をどう扱っていくかを日々考えていますね。
― リーダーの亀山さんとは、どんな感じで一緒に働かれていますか?
魚谷さん:ギクシャクしてます…というのは冗談で(笑)、チームというか仲間として一緒にやっているので、それぞれがそれぞれのポジションでリーダーになっているようなイメージです。やはり価値観やこうしたいと思う方向性が一緒だということが重要だと感じます。それがなければ逆に仲間として一緒にやっていくのは難しいですよね。
― 5月で右腕派遣期間が終了することになりますが、それまでの目標や、地域がどのようになっていくといいと思われているかなど、お聞かせいただけますか?
島田さん:漁火民宿(宿)、キャンプ場の完成、塩田の試験など、具体的に挙げればやりたいこと、やるべきことは沢山あります。カフェをオープンしてから浜に子どもの声が響くようになったのですが、大人はやっぱり子どもの元気な声を聞くと元気になるんですよね。今後はそんな様子が浜でもっと見られるといいと思います。
魚谷さん:カフェは僕たち以外のメンバー中心にうまく回せているので、それ以外の宿やキャンプ場のオープンに向けてしっかりと準備していきたいと思います。特に今年の夏までに、キャンプ場のオペレーションの作り込みに力を入れたいですね。
― 右腕終了後のイメージや、今後やりたいことは何かありますか?
魚谷さん:引き続き、蛤浜と石巻にどれだけ関わっていけるかが自分のテーマです。
島田さん:僕もどのような形でもいいので蛤浜と石巻にはずっと関わっていきたいですね。性格的に途中で辞めることはできないと思うんです。ここを離れる時はやりきったときです。
― お二人ともしっかりと地域に根付かれているのですね。では最後に、右腕派遣プログラムへの応募を検討している方へのメッセージなどあればお願いします。
島田さん:もちろん右腕として加わる団体やプロジェクトで頑張るのも重要なのですが、右腕はあくまでも現地に入る「きっかけ」として、業務時間以外のフリーの時間も利用して自分のコミュニティを東北でつくってみるのがいいのではないかと思います。そこから復興のビジョンや東北のビジョンが見えてきたりもすると思います。
魚谷さん:右腕になる人は基本的に意識が高いと思います。だからこそ、リーダーとの関係性をうまく築いて是非その地に根付いてほしいです。あと、右腕とリーダーになる人両方へのメッセージということになりますが、右腕とリーダーが「同じ夢を描けるか」がとにかく大事だと思います。そのためには、リーダーのビジョンがシンプルでわかりやすいことも重要になってきますよね。
― ここからはリーダーの亀山さんに少しお話を伺ってみたいと思います。プロジェクトの現状はいかがですか?
亀山さん:カフェは当初の見込みより大幅に多くのお客様に足を運んでいただきました。しかも、今後色んな面で一緒に何かをできそうな可能性がある方々が来てくださったのは、すごく大きな収穫でした。
― なるほど。ではこれまでかなり順調に進んでこられたわけですね。何か苦労したことはありませんでしたか?
亀山さん:そうですね、それが本当に苦労したことがなくて、出来過ぎなんです(苦笑)。出逢って助けてくれる方々が皆さん一流なので、そういう意味では自分の至らなさを痛感する時はもちろんありましたが、プロジェクト自体はお陰さまで本当に順調に進んできました。
― 順調に進んできたなかでも、現状もし何か課題などあれば教えてください。
亀山さん:たとえ右腕がいなくても、自分たちたけで稼げるようにすることが近々の課題ですね。立ち上げ当初はやはりどんなプロジェクトも自走するのが難しいものだと思いますので、そこに人材と資金面での補助が右腕派遣プログラムから出るのは本当に有難いことだと感じています。でも、それに頼り切っていてはいけないとも思うのです。具体的には、あと一年以内で自立できるようになっていたいです。
これは課題というわけではありませんが、やはり一番気を遣っていかないといけないのは地域の方々との関係作りです。自分たちだけが成功していれば良いという訳ではもちろんないので、地域の皆さんに受け入れられて認めてもらえることが何よりも大切だと思います。
― それでは話は変わりますが、リーダーとして活動されてみて、どんなことを右腕に求めらっしゃいますか?
亀山さん:一番大切なのは、想いや情熱がある人かどうか。そして次に、リーダーと同じ価値観を共有できるかどうかですね。「これはいい、これはダメだね」という判断基準が同じかどうかが、マッチングの時点でわかっていることが(難しいかもしれませんが)やはり理想だと思います。ただ、強みや持っている技能の特性に関しては、リーダーと同じではなくむしろ違う人の方が良いと思います。それがあってこそ、補い合えるチームを作れますから。
魚谷さん、島田さん、亀山さん、開店前のお忙しい時間のなかインタビューにお答えいただきありがとうございました。何度訪れても毎回違う魅力を発見できる蛤浜とはまぐり堂。ゆっくりとした時の流れのなかで、お三方と楽しくお話させていただきました。
聞き手・文:一般社団法人APバンク運営事務局
記事提供:みちのく仕事(NPO法人ETIC.)
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