全国で見ると2010年から人口減少に転じ、交流人口の増加が叫ばれる昨今。少子高齢化や2020年の東京五輪開催の動きとも相まって、各自治体での観光戦略は喫緊の課題となっている。石巻市では2005年以降は年間約260万人の観光客入込数となっていたものの、震災の起こった2011年には100万人ほど激減。観光関連施設も被害を受け休止が相次いだが、現在は6割以上が再開し、観光客入込数も回復傾向にある。仙台という大都市からも近い石巻圏観光の現状と課題、観光から目指される地域復興の展望を探った。
「良い観光とは良いまちづくりそのもの」
まもなく完全復旧となる石巻魚市場。石巻観光の目玉のひとつは、やはり地元で水揚げされる新鮮な海の幸。「石巻といえば、ホタテ、ホヤ、牡蠣、ワカメなど実に盛ん。漁業体験なども、震災前以上に力を入れて取り組んでいる」と話すのは、石巻観光協会会長の後藤宗徳さんだ。
観光は地域産業とのつながりが密接。全国的に知られる石巻の水産業と、どれだけ深く結びつけていけるかは、観光戦略におけるひとつの大きな柱だと話す。「それは市場を訪れた人たちに魚を見てもらうということだけでなく、漁師や養殖業者とのお付き合いの機会をどれだけつくることができ、それをどれだけ長期的なものにできるかということ」だと後藤さんは付け加える。
石巻市では震災以降、人口流出が深刻化している。昨年度には世帯数は増加傾向となったものの、人口としては減少を続けており、若者の定住と、それにつながる交流人口の拡大が課題だ。そのような状況で、観光の果たすべき役割は大きい。後藤さんは、「良い観光とは良いまちづくりそのもの」と考える。「そこに暮らす人たちが自分のまちを良いまちだと思えずに、良い観光地は成立しないというのが私の持論。どの地域もゆっくり見渡せば、必ずその地域らしさがある。それを活かしていくことが大事」と話す。
石巻観光協会では、「石巻ふれあい朝市」の開催や、震災後はオンラインショップでの地場産品の販売も行ってきた。「私たちの仕事の半分は、地元のものを外へ紹介して買ってもらうことで、もう半分は石巻を訪れる人たちに楽しんで滞在してもらうこと。石巻の場合は後者、観光客を受け入れて消費してもらうための環境面が、震災前から弱い。ここの強化が必要」だと後藤さんは力を込める。強化策としては、冒頭にも挙った漁業・農業体験の充実のほか、養殖のオーナー制度、ビジターセンターのようなハード面の整備、例えば雄勝における硯のような地域資源の体験プログラムなど、地元住民と共につくりあげるコンテンツがあげられる。
一方で、災害復興住宅の整備と供給が進むなか、仮設住宅に残らざるを得ない人も未だ多く、人によって大幅に状況が異なるときに、すべての住民に向けて観光を押し出していく難しさもある。新しい施策に協働の声をかけても、「1年先のことは考えられない」と立ち尽くす地元生産者たちも。「その一人ひとりのもとへ通い、丁寧にサポートを続けて、ようやくチャレンジしたいという気持ちが生まれるところにまでたどり着いた」というのが現状だ。
「学び」をキーワードにした新たな観光の創出
また、石巻圏の観光においては、東北観光の起点となる仙台圏からの人の流れをどう創出するかも重要だ。仙台空港の民営化が実現するとLCCを含めた航空機の発着が大幅に増え、首都圏のみならず広く来訪者の増加が見込まれる。仙台市と石巻市とを結ぶ仙石線も2015年5月に全線再開した。石巻圏全体で連携した観光の必要性がいよいよ高まっている。
実は震災前夜、石巻市、東松島市、女川町それぞれの観光協会と観光課の担当者は一堂に集っていた。観光客の利便性を高めるべく、これからは2市1町での連携をと約束。ところが翌日の地震と津波により、その動きは一時中断することに。
しかし震災翌年には、今こそ広域連携をと2市1町の観光協会やタクシー組合、NPOなどが加盟して石巻圏周遊観光協議会が立ち上げられ、観光計画を策定。さらに金華山観光連盟なども加わるかたちで、現在の奥松島・金華山・石巻圏周遊観光協議会が2013年7月に発足した。同年11月には石巻観光協会と姉妹関係にある米沢観光物産協会と湯沢市観光物産協会との合同で、各地食材を鍋で楽しむイベントも開催している。
そして2015年には、同協議会が主体となって進める教育旅行受け入れ環境の整備事業が、復興庁事業に採択された。受動的に講義を聞くだけでなく、主体的学びを重視する学習指導要領の改訂に対応した「アクティブ・ラーニング」の地としての整備を進める。
石巻観光協会常務の阿部勝浩さんは、「教育旅行で石巻を訪れる学生たちに事前に被災地の状況をプレゼンするなど、どうすれば目の前の問題に向き合う課題意識を持ちやすくできるかを検討していく予定。震災後の語り部活動等もプログラムに組み込むことで、災害時に必要な意識なども感じ取ってもらえたら」と構想する。後藤さんも、「自分の暮らしと結びつけ、必死に考える癖をつけるきっかけになるといい。被災地が、考える場、人間づくりの場になれば」と重ねる。
前身の石巻圏周遊観光協議会で2013年に取りまとめた観光計画のなかには、2020年の東京五輪と合わせた「復興博」の実施と、そのための2017年のプレイベントの実施が目標として掲げられている。だが、目的は復興博の実施そのものではなく、住民と観光客、ボランティアがともに盛り上がることのできる仕組みづくりや、地域住民が誇る文化・ライフスタイルを、訪れる人たちに体験し、学んでもらえる土壌づくりと定める。「そのためには英語力も高めていかなければいけないし、まちなかでの教育も必要となってくる。震災後に最も大切だと思っているのは、さまざまな人が持つ知見をどう組み合わせて相乗効果を生み出すか。そういった応用力、想像力を磨き上げていく場に、この地域がなっていけたらいいなと思う」と後藤さん。
観光と産業、地域と地域、地域住民と観光客、そのさまざまな組み合わせから主体性や議論を生み出していくこと。石巻の観光は、2020年を目標に、まちづくりを見据えながら更なる連携強化を目指していく。
文/井上瑶子