南三陸町で被災した商店主らが一丸となって作り上げた仮設商店街「南三陸さんさん商店街」。2012年の誕生以来、住民の交流の場となるだけでなく、「南三陸キラキラ丼」など地元名物が味わえる観光スポットとしても賑わいを生んできた。それから3年。今、商店主らは、本設商店街の復活に向けて着々と準備を進めている。彼らが描く「新生・さんさん商店街」の青写真はどのようなものか。中心人物の一人であり、まちづくり会社の社長に就任した三浦洋昭さんに話を聞いた。
30店舗で2016年末オープンを目指す
2015年6月、南三陸町の市街地再生を進める中核組織として、「株式会社南三陸まちづくり未来」(以下、まちづくり未来)が発足した。設立発起人には仮設商店街の運営を牽引してきたマルセン食品の三浦社長(前述)や地元商店主らが名を連ね、町や商工会のほか各出店者が出資する。
まちづくり未来は、津波被害を受けた志津川地区に、本設の商業施設を2016年末までにオープンする計画だ。名称は仮設の「南三陸さんさん商店街」の名をそのまま引き継ぐ見込みだが、場所は新たに嵩上げした土地に移すことになる。
新施設は、まちづくり未来が町有地を借用して建物を建設し、店舗を賃貸するテナント方式を採用する。2014年の夏頃から出店者を募集し、30のテナントが決まった。出店者の多くは仮設商店街からの継続組だが、新規参入も受け入れる。飲食店やコンビニ、床屋や整体院のほか、まちづくり未来の直営で産直野菜などを扱う店も開く予定だという。今後は、外部のコンサルティング会社も交えて配置決めを行い、内装や必要な設備の調達など、各店舗が開業に向けて具体的な準備を進めていく。町内を循環するバスのターミナルの併設も検討されており、商業、交通の両面からこの場所が町の中心的役割を担うことになりそうだ。
同じく津波被害を受けた歌津地区にも8店舗が展開する本設商店街を立ち上げる予定だが、開業時期はさんさん商店街よりは遅れる見込みだ。同地区の場合、仮設の「伊里前福幸商店街」のある場所と本設商店街の建設予定地が同じであるため、一度、仮設店舗を別の場所に移転させ、土地の嵩上げ工事を行った上で、商業施設を整備する必要があるからだ。
チャレンジつくり出す南三陸流のまちづくり
まちづくりの中で商店主たちの存在感が際立つ南三陸町だが、彼らの活動の原点であり、軸となっているのは、震災直後の2011年4月から続く「福興市だ」と三浦さんは言う。
福興市は、震災前にあった「南三陸おさかな通り商店街」の商店主らが中心となり、避難所となっていた志津川中学校で第1回目が開かれたのが始まり。全国の商店街関係者の助け合い組織である「ぼうさい朝市ネットワーク」に加盟する各地の商店主やボランティアが応援に駆け付け、内外の人を巻き込んだ一大イベントとなった。
以来、福興市は、毎月最終日曜日の恒例行事となり、開催回数は既に50回を超えた。イベントには地元の人だけでなく、町外や遠方からの観光客も訪れ、時には1日の開催で売り上げが1000万円を超えることもあったという。
福興市が生み出した価値は売上げにとどまらない。イベントの定期開催は、商店主らの連携を深めて仮設商店街立ち上げのきっかけとなったばかりでなく、地元の人々が様々な形で商売を試してみる実験の場、チャレンジの場にもなっていった。毎回、「ホタテ」「牡蠣」「サケ」など南三陸に纏わるテーマを決め、出店者はそれに合わせてオリジナルの料理を考案し、販売する。「新しい商品を作って提供していくことにより『やっていける』という自信につながる」との三浦さんの言葉通り、福興市での出店経験を通じて、商店街に店舗を出すことを決めた人もいるという。
世代交代へ布石 担い手育つ「さんさん朝市」
2015年6月からは、若手の商店街スタッフの発案で新しく「さんさん朝市」も始まった。さんさん商店街の企画委員会を構成する30代のメンバーが実行委員となり、月に2回、日曜日の朝に開催する。出店者の顔ぶれは農家、魚屋、寿司屋、中華屋など様々で、新鮮なお刺身を自由に選んで朝ご飯にしたり、淹れたてのドリップコーヒーを飲めたりもする。
こうしたイベントの企画や商店街の運営を通じて、人、特に後継者となる若い世代を育てていきたい、というのは三浦さんが抱く強い思いだ。「若い世代には自分たちが持っていないツールやネットワークがある。(彼らに道を譲ることで)『変えていこう』ということは、ずっと言い続けてきた」と三浦さんは言う。
実際、昨年2月には、さんさん商店街では、運営組合の世代交代が行われ、組合長をはじめ、各委員会の運営もより年齢の若い人に引き継がれることになった。三浦さんらのベテラン組は、「彼らが決めたことに対してはできるだけ発言しない」スタンスで後継者の成長を見守る。
また、さんさん商店街では、防災班、企画班など5つの班を設けて、「必ず誰かが何かをしなければならない」という状況を意図的に作っている。皆に役割を持たせることで、商店街の一人一人に当事者意識を持たせ、「皆で商店街を作っていこう」という空気を醸成するためだ。
イベントや仮設商店街の運営を通じ、町外の人が楽しめるだけでなく、町内の人がチャレンジし、成長できる場を作り続けてきた南三陸町。こうした経験は、新しい担い手に引き継がれていく新商店街の運営にも活かされ、市街地が継続的に発展していく原動力にもなるだろう。
来年のオープンに向けては、駐車場や道路といった周辺設備のインフラ整備の遅れや、震災の記憶の風化など、いくつか懸念も残る。今後、同様の施設は被災各地で順次開設されていく予定だが、いかに人を惹きつける新しい企画を打ち出していって成功できるか、これからが正念場となりそうだ。
文/石川忍
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