2015年も残すところ1か月半。来年の手帳やカレンダーが気になる人も多いこの季節に、気になる商品が発売された。その名も「東北漁業男子カレンダー2016」。三陸沿岸で水産業に携わる12人の男性がモデルとなっている。
石巻市を拠点に写真家として活動する平井慶祐さんは、「写真でもっとできることがないだろうか」と考えていた。2015年春に内外出版社からカレンダー制作の提案があり、東北3県の漁業関係者や、若手漁師集団「フィッシャーマン・ジャパン」の協力を得て実現にこぎつけた。「写真でできることとして、わざわざ開く必要がある写真集よりも、トイレなどで1年じゅう目にすることができるカレンダーがいいと考えました。気軽に見てもらえる、ポップなものにしたかったんです。だから、PRにも『被災地』という言葉は使っていません」。
カレンダーは、漁業男子のかっこよさを伝えることを目指し、写真の選定には出版社の女性編集者の意見を大幅に取り入れて制作された。だが、発売してみると女性だけでなく男性にも好評。10月に石巻市魚市場で開催されたイベントで販売した際には、購入者の6割が男性だった。地元の漁業関係者や外国人も「面白い」と購入してくれている。
漁師のかっこよさを伝え、担い手を増やしたい
平井さんが初めて漁師と出会ったのは2011年4月、石巻市内の避難所だった。被災度合いが大きく、周囲から1シーズン遅れで漁を再開する海苔漁師。時として海と対峙し、時として海と共に生きる、自分の知らない世界観を持っている姿に惹かれた。「この漁師の復活していく様を写真に収めるのは自分しかいない」と近くに家を借り、石巻に移り住んだ。
その後、ECサイトの商品写真撮影を通じて多くの漁師と知り合った平井さんは、その魅力についてこう話す。「一番は、船に乗って作業をしたり、真剣に魚を扱っているときの目ですね。みんなスイッチが入って、陸では見せない表情を見せます。ただ、普段そういう時にはスマホで撮影したりしないから、一般の人はあのかっこいい姿を見たことがないんです。だから僕は、誰よりも長く、誰よりも多く、船に乗ってシャッターを切りたいと思っています」。
カレンダーに掲載されているのは、企画が具体化する前から平井さんと「カレンダーなんて作れたらいいね」と話していたというワカメ・ホタテ漁師でフィッシャーマン・ジャパンの代表でもある阿部勝太さんをはじめ、岩手、宮城、福島の水産業関係者。全員20代から30代の若手で、漁師だけでなく仲買人や活魚屋も含まれている。漁業男子が海や魚と対峙する姿に惹かれた平井さんは「撮影用に普段と違うポーズを取っているような写真より、日頃の姿そのまんまの方が断然カッコいいでしょ」といい、操業中の真剣な姿、漁を終えてふと見せるリラックスした表情など、近くで撮影をし続けてきたからこその写真がふんだんに掲載されている。
秋鮭漁の最盛期を迎える10月中旬、平井さんは、カレンダーのモデルの一人で東松島市の定置網漁師、大友康広さんの船に同乗して撮影を行った。
大友さんの実家である大友水産は、2014年に5人の新人漁師を受け入れている。うち2人は地元出身の若者で、3人は就職フェアなどを通じ県外から移住した。海の上で若い漁師たちが鮭を次々と引き揚げる姿を写真に収めた平井さんは、漁が終わると彼らから大友水産に入社した理由をヒアリングしていた。
「水産業は子どものなりたい職業ランキングで100位以下なんです。この状況を何とかしたい。そのためにも、カレンダーを通じて漁師の写真を見てくれる人を増やしたい。地道だけど、素敵な漁師さんたちと出会ってしまった写真家としてやるべきだと思っています」。
船に乗って15年、32歳の大友さんは、カレンダーの話を聞いたとき、「面白いなと思って」モデルになることを快諾した。「新しいことをどんどんやっていかないと」という大友さんは、この日、漁を終えるとシャツ姿に着替え、他業種とのコラボレーションの打ち合わせに向かった。目標は「東京オリンピックの選手村に魚を提供すること」だという。東北漁業男子は、陸でも活躍の場を広げつつある。
カレンダーの売り上げの一部は、一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンを通じて、水産業の担い手育成事業に活用される。
文/畔柳理恵
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