被災者の声を事例集に残す

[弁護士が見た復興]

震災直後の被災者支援、復興計画における政策決定、事業者や生活者の再建支援など、復興の現場では様々な場面で弁護士が関わっています。現地での支援や後方支援に当たった法律の専門家から見た復興と法律に関するコラムを、現役弁護士がリレー形式で書き下ろします。
今回の執筆者は、中越大震災を機に新潟県長岡市に「震災復興をめざす中越ひまわり基金法律事務所」を開設、東日本大震災後は日本弁護士会災害対策本部部員として被災者支援活動を行った杉岡麻子弁護士です。

4万件の被災者の声を、もっと具体的な形で残したい。それが、日本弁護士連合会(以下、「日弁連」と言います。)災害復興支援委員会が「東日本大震災無料法律相談事例集」を作ったきっかけでした。一般には販売されていないものですし、今、手に取ってみても、素人らしい雰囲気の冊子ではありますが、震災直後の被災者の生の声を記録したものとして、貴重な1冊だと思っています。

4万件の法律相談カード

東日本大震災を契機に被災地を中心として行われた4万件を超える法律相談は、日弁連災害対策本部において集約・分析され、その結果は、順次HPにて公表されていました。ここで行われた分析は、法律相談の内容に即して24の項目に分類し、また都道府県・市町村ごとに集計されたものであり、総括的なデータとして価値があるものでしたが、具体的な相談内容までは掲載されませんでした。

私は、震災発生直後、被災3県や都内で行われた避難所相談に参加し、弁護士会館で行われていた無料電話法律相談にも参加していました。相談の内容は、担当した弁護士により、それぞれの弁護士会の独自の法律相談カードに記入されていましたが、日々数が増えていく相談を前に、相談カードが積み上げられたままの状態が続いていました。
「このままではもったいない。」
東日本大震災の相談カードを前にして、新潟県中越地震及び新潟県中越沖地震の相談を受けた経験から、このままではいけない、という気持ちがありました。

新潟県中越地震・中越沖地震での震災相談

災害時の法律相談の内容は、平常時の法律相談とはやはり異なります。また、災害ごとに異なる特徴があります。例えば、中越沖地震では、主な被害を受けたのは人口約9万人(当時)の柏崎市でした。比較的住宅が密集していたことから、住宅が傾き隣の住宅に倒れかかるという事態が方々で生じました。「隣の空き家が傾いてきているが所有者と連絡が取れない。勝手に取り壊していいのか。費用はどうなるのか(妨害排除請求の問題)」「自分の自宅が倒れ隣家に被害が生じている。いくらか払わなければならないと思っているが、どのくらいが相場か(工作物責任の問題)」といった、平常時ではまず寄せられない相談が、全体の4割を占めました。
新潟県中越地震、そして中越沖地震と、新潟県や関東弁護士会連合会の弁護士たちは、それまで刊行されていた「地震に伴う法律問題Q&A」(近畿弁護士連合会:編)、「Q&A災害時の法律実務ハンドブック」(関東弁護士連合会:編)を片手に相談に臨みましたが、これらの本のみでは追いつかないことを実感していました。そこで、新潟県弁護士会は、この2つの地震に関する弁護士会の活動を総括した記念誌に、それぞれ、相談の内容の代表的なものを列挙し、記録に残したのです。

東日本大震災における震災相談

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東日本大震災では、阪神・淡路大震災や新潟県の2つの震災と異なり、津波と原発事故により甚大な被害が生じました。たくさんの人が同時間帯に亡くなったため、平常時ではまず問題にならない「同時死亡の推定(民法32条の2、数人の者が死亡した場合において、そのうちの一人が他の者の死亡後になお生存していたことが明らかでないときは、同時に死亡したものと推定し、これらの者の間では相続が発生しないとするもの)」に関する相談がありました。
また、被災者支援制度に対する不満の声もありました。「(生活再建支援金は世帯ごとに支給されるため)別居中の夫の口座に振り込まれて夫が使ってしまった」「(賃貸物件に関して)生活再建支援金が、居住者には支給されるが建物の所有者には支給されない」「災害弔慰金について、同居して面倒をみてきた兄が津波で流されて死亡したのに、親族である私に支給されないのは不公平」など相談がありました。このうち、災害弔慰金については、後に弁護士の活動により法改正がなされ同居かつ生計同一の親族まで受給権が拡大されましたが、生活再建支援法については、さまざまな問題点の指摘がなされながら、未だに改正はなされていません。

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何より、甚大な被害を反映して、人の死にまつわる深刻な相談が多くなされました。私自身、震災直後、福島県の女性から、「地震の直後に自宅にいた息子から電話があり、『心配だから今から沿岸部にある祖父母の家を見に行く』と言われ、止めなかった。結局息子も祖父母も津波で流された。あのとき止めれば息子だけでも助かったのに」という話を聞き、衝撃を受けました。阪神・淡路大震災を経験した弁護士から、「震災の記憶は、必ずあっという間に風化する」と聞いていたことから、息の長い被災者支援活動につなげるためにも、この東日本大震災の悲惨さを伝える相談を記録にとどめたいと思うに至りました。

「東日本大震災無料法律相談事例集」の完成

 そこで、私は、所属している日弁連災害復興支援委員会及び日弁連災害対策本部に事例集の作成を提案し、すぐに岡本正弁護士他若手を中心に7名の弁護士の手が挙がり、日弁連情報統計室の協力も得られ、無事にチームが結成されました。とはいえ、4万件を超える相談内容を8名でチェックすることはあまりにも負担が重く、全国の弁護士に呼びかけ、50名を超える弁護士に協力してもらい、まず4万件から4000件に絞り込み、その上で、チームの編集会議にて掲載する事例を決定しました。かけられる予算が少ないことから、相談の分類、説明文の作成、校正作業から掲載する写真の選定まで、外注せず、チームの編集会議で協議し分担して行いました。
掲載する事例は、(1)平時ではまず寄せられることのない相談、(2)新たな立法・制度につながった相談、(3)今後の立法提言の立法事実となる相談、(4)東日本大震災の悲惨さを伝える相談の視点から絞り込み、また、さまざまな要素により回答が異なりうることから、あえて実際になされた回答は掲載せず事例のみを掲載することにしました。
こうして、東日本大震災から2年が経過した平成25年3月11日、「東日本大震災無料法律相談事例集」が発行されました。河北新報の他、朝日新聞にも紹介され、いくつか問い合わせもあり、関係各機関の他、法科大学院や自治体などに配布されました。
実際に掲載された事例の中から、いくつか紹介します。

(第9 二重ローン問題)
279 家を購入後3時間で流される。住宅ローンの支払はどうなるのか。引渡し後3時間で転居前なので、支援金を拒否された。
283 自宅を建て5日後に被災。住宅ローンの減免は認められないか。
306 住宅を新築後9ヶ月で全壊した。ローンが20年以上残っている。地震保険申込みの次の日に保険会社に届き、4/1からの保険なので保険金が出ない。

(第12 震災関連法令/災害弔慰金・震災関連死)
404 5人家族のうち、義父、義母、夫が死亡し、娘が行方不明。災害弔慰金の給付はどのようになるのか。
409 独身の兄と二人暮らしをしていたが、今回、兄が津波で溺死。兄の死亡に関し、災害弔慰金も義援金も支給されないのは不合理ではないか。(注:後に改正され,同居かつ生計同一の兄弟姉妹にも受給権が認められるようになった)また、生活再建支援金の金額が世帯単位数で変わるのも納得がいかない。
431 義母の弔慰金を受領することができるか。義母の面倒を見ていることは考慮されないか。
444 叔母が津波にびっくりして2階から落下し、下半身不随となった。災害障害見舞金として125万円支給されると聞いていたが、「津波に呑まれたわけではない」として、支給できないと言われた。
467 震災で死亡した父母の災害弔慰金(父:500万円、母:250万円)を父方の祖父がよこせと言ってきた。祖父に支払う必要はあるか。

(第12 震災関連法令/生活再建支援金)
408 自宅が全壊し、再築したい。まずは事業所の再築が先。そうすると、住宅を再築する余裕はなく、37か月以内に加算支援金の支給を受けられない。期間をもっと長くしてほしい。
427 震災前に住んでいた建物(建物は全壊)・敷地の所有者が、生活再建支援法金100万円と義援金を渡すように言ってきている。これを所有者に渡す必要があるか。
453 老後の住居として県内に新居を購入し、4月から入居する予定であった。(元の住居は売却未了の状態)。ところが新居が津波で流されてしまった。新居については、生活の実態がなく別荘同然なので、支援金は出せないと言われた。不平等だと思うので運用を変えて欲しい。
527 被災後、夫と別居。夫が支援金を受け取るが相談者に一銭も渡さないと言っているが、請求できるか。夫とは離婚したい。(注:事例集では「第15 離婚・親族」の項目に掲載)

東日本大震災法律相談事例集は、わずかですが余部があります。関心を持たれた方は,日弁連のHPをご参照いただき、日弁連事務局(03-3580-9841(代))までお問い合わせ下さい。

文/杉岡麻子 東京はやぶさ法律事務所所属・元震災復興をめざす中越ひまわり基金法律事務所所長