橋野鉄鉱山の世界遺産登録や2019年のラグビーワールドカップ開催決定など、全国的なニュースになることも多かった2015年の釜石市。一方、11月には将来のまちの進路を示す羅針盤となる「釜石市オープンシティ戦略(釜石市総合戦略)」を公表し、市民だけでなく釜石との関わりを有するすべての人々(=つながり人口)がまちの活力を生むという将来像を描いている。
人口減少社会において、地域経済とコミュニティを活性化させるカギの1つである交流人口をどう増加させるのか。釜石市の観光戦略に迫った。
「釜石は観光地ではない」から始まるターゲット設定
橋野鉄鉱山の訪問者は昨年比6倍以上、釜石の製鉄業に関する資料館「鉄の歴史館」の入館者は約1.5倍、釜石市内の宿泊者数も約1.5倍と、世界遺産効果は確実に表れている。だが、釜石市観光交流課課長の菊池公男さんは、釜石は観光地ではないと言い、話題性に頼らない交流人口の増加を見据えている。
「世界遺産が一番話題になるのは、登録直後です。今後は、世界遺産登録による観光客の増加に頼らないようにしなければならない。それに、橋野鉄鉱山は見て楽しい、レジャー的なものではありません。そういう意味では、釜石市は観光地ではないのです」。この、釜石は観光地ではない、という認識は、観光戦略のターゲティングに反映されている。例えば関東圏に住んでいる人は、釜石への旅行と同じ予算でユニバーサル・スタジオ・ジャパンやグアム、サイパンなどの観光地へ行ける。釜石がターゲットにしているのは、まずは、より近い東北圏に住んでいる人。東京圏の人であれば家族連れなどではなく、時間とお金を持っており一通りのレジャーは楽しんだシニア、あるいは学生だという。実際、ツアー参加者にアンケートを取った際には、関東の70代の方には釜石は高評価だった。
釜石市の観光入込客は、「三陸・海の博覧会」が開催された1992年の232万人をピークに、1990年代には100万人を越えていたが、2005年には81万人まで落ち込んだ。2010年に再び100万人を超えたが、震災以降、訪問者が減少している。あわせて、より実態に近い数値を把握するためにカウント方法を変更したこともあり、2014年の観光客入込数は412,275人、宿泊者数は155,067人となっている。
そんな中で「オープンシティ戦略」においては平成31年度の年間宿泊者数300,000人という目標が掲げられた。今後の釜石の観光戦略は、訪問、通過型ではなく、宿泊に重点を置いている。宿泊してもらうためには、滞在時間を伸ばす必要がある。そこで力を入れているのが、漁船遊覧や農家民泊など、体験コンテンツの充実だ。震災時に津波を経験した住民から話を聞ける津波学習体験も用意した。また、リピーターを増やすために、震災後にボランティアで釜石へ入った人に再度釜石を訪問してもらうため、定期的にとコミュニンケーションを取ることも企画している。
宿泊者数を増やすために、もう1つ注力していることが修学旅行の誘致だ。旅行体験には反復性があり、一度訪れた場所に数年後、また行きたいという人は多い。そこで、10年、15年後への先行投資と位置づけ、宿泊業者だけでなく観光交流課もセールスを行い、修学旅行の誘致に取り組んでいる。修学旅行は入学時に行き先を決めて旅費の積み立てを始めるため、3年以上前からのアプローチが必要になる。最近では、北海道新幹線の開業を見据えて、数年前から北海道の学校に営業をかけていた。
このようにターゲットごとに、相手の状況に合わせた戦略をきめ細やかに実行することで、釜石を訪れ、関わり、リピーターになる人を増やそうとしている。
住んでいる人が好きでないまちに、外から人が来るわけがない
いまの釜石の状況について菊池さんは「被災された方の中には3.11で時計が止まっている人もいるので、外から人を呼ぶにあたってはバランスを考えながらやっています。でも、悲しみを紛らわせるのも外の人との交流なんです」と言う。だからこそ観光戦略も、市民の生活と結びついたものであるべきだと考えている。
その考えを体現するものの一つが、平成30年を目標に鵜住居地区に設置が企画されている道の駅的施設だ。地元の人が利用できる場所にと、三陸鉄道に移管して再開される計画の山田線の鵜住居駅前の立地を予定している。
大船渡市、宮古市とつながる幹線道路からは1kmほど外れることになるが、地域経済と結びついた消費、交流の場にすることを狙う。「住んでいる人がまちのことを好きでなければ、外から人が来るわけがないんです。住んでいる人がいいまちだと思っているから、他から来る人も『あのまち、いいよね』となります」。さらに、「観光」を「そこにあるもの、ありかたを観ること」ととらえれば、地域内の人が市内の場所を訪れることも観光だといえる。「釜石市内の小学生でも、橋野鉄鉱山を知らない子はたくさんいる」という事実は、ポジティブに考えれば伸びしろはあるということだ。
「まちづくりまで含めた観光の活性化には時間がかかります。特にも東日本大震災からの復興が最優先の被災地ではなおさらです」と、菊池さんは長期戦を見据えている。メジャーな観光地に頼るのではなく、まちのあり方、住民との交流までも資源ととらえた新たな観光戦略のモデルとなることができるか。釜石市の今後に注目したい。
Tweet