東日本大震災と向き合い3月11日を「はじまり」に変えた30人の夢を掲載した書籍『3.11からの夢』とのコラボ記事です。
恩師からの宿題を果たせるか
あの日から5年が経つ。仲間と走り、悩み、喜び、ぶつかり、そして学んだ日々から、もう5年が経つ。
「私の夢は」と、あらためて考えるといったい何なのだろう。残りの人生を悔いなく生きること。幸せな家庭を築くこと。月並みだけれど、そうした思いに尽きるのかもしれない。それはやっぱり、あの日からの日々が、自分の思いを結晶化させていることには間違いがないからだ。
自然の力と恐怖。だれもが経験をしたことがない被災地の状況。それに対峙すべく、私の働く「日本財団」では、特別チームが組織された。ここには、これまで国内外の様々な社会問題の解決に取り組んできた多くの仲間たちがいる。私は、特別チームの責任者として東北に向き合っていた。「ここでしっかりしたことをやらなければ、後々まで後悔する」。ここでの仕事は、「勇気づけるとはこういうことなんだ」というものの連続だった。
「1年後の100万円より、明日の1万円」。
「すべてを失ってしまった方々に、お見舞い金を“現金で”配りたい」。
そう言い出したのは職場のトップだった。被災直後の東北の惨状が、昭和20年の東京大空襲後、知り合いを頼ってはお金がないことで冷たくされたというトップ自身の幼少期の経験と重なった。「故人にお線香の1本、お花の一束でも手向けたいだろう。しかし、それを用立てできるものがない。こんなにも無情なことはない」。こうした気持ちから始まった「お見舞い金」を配るという事業は、その後日本中を驚かすことになる。
震災発生から3週間後の4月2日には、遺族の方々に犠牲者1人当たり5万円ずつのお見舞い金を手渡すため、職員総出で複数のチームをつくり現地へ赴いた。現金輸送車も手配できないので、自分たちで現金をスーツケースに入れてバスに詰め込み、見張りをつけて運んだ。「やることすべてが前代未聞」とはこのことだった。
今回の震災では、津波で何も持ち出せず身分証明書がないという方が多くいた。しかし、そういった方こそ被害が大きい。普通だと絶対に認められないが、靴に書かれている名前をもとに配付した。こうしたことが、書ききれないほど多くあった。混乱する現場だったが、二重取りや紛失は1つもなく、約2万人の犠牲者の遺族の方々ほぼ全員に渡すことができた。
しかしこれは、私たちだけでなし得たことではない。被災自治体と、遺族のみなさんの協力があってこそだった。町役場の人たちは、顔を見ればどこに住んでいたかわかるといった強いつながりを持っていたし、二重取りをしてしまった遺族がお金を返しにきてくださるということもあった。そしてなにより、私たちを信用して寄付してくださった多くの国民の「思い」があった。
金額にして約10億円。言ってしまえば簡単だが、金額以上の何かがそこにはあった。寝る間を惜しんでの支援業務に、みんなそれぞれの持ち場で力を出し切っていた。この時ほど、仲間を誇りに思ったことはない。
そして、もう1つ自分の夢に気付きを与えた出来事がある。それは、仕事の恩師ともいえる方の死だった。福島生まれのその方は、普段は仙台で市民活動の普及に尽力をされており、その世界では重鎮中の重鎮だった。末期のすい臓がんだった。その方が亡くなる1週間ほど前の2011年8月、お見舞いと称して訪れたホスピス。本当は、自分の支援業務に対するアドバイスが欲しかった気持ちもあったのかもしれない。その方は、私の心を見透かしたように「お見舞いだったら来てもらう必要ないよ」と言った。病床から私に渡された大きなメモは、今では形見でもあり、私への「宿題」でもある。
「東北の誇りを取り戻す」。
メモには、そう書かれてあった。これから、自立した東北をつくる。自立した東北をつくることは、日本をつくり直すということだ。そのための人を育てる。そんな意味が込められた「宿題」は、それからの私の仕事の指針にもなった。「まだまだ足りない」と天国から言われそうだけれど、1つ2つは形にできたものもあったかな。
私は今から7年半前、腎臓がんの摘出手術を受けている。その後の経験したことのない質と量の支援活動。本当はそんな激務をしてはいけない身体だったのかもしれない。それでも頭に「諦める」という文字はなかった。一時でも、死を意識したからゆえの、悔いなく生きることへの渇望、いや夢が、その頃からあったのかもしれない。
そんな私を、家族はずっと支えてくれた。文句も言わず応援してくれた。震災と恩師の死を経験し、悔いなく生きることが私の夢となったのは間違いない。だからこそ私は、家族を幸せにしたいと思う。
この2つの夢に向かって、どんどん走っていく向こうには、また少しだけ「宿題」も果たせたているのかもしれない。
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記事提供:3.11からの夢(いろは出版)