NPO法人 体験村・たのはたネットワーク
住民がインストラクターとなる観光プログラムを提供しています。漁師が船頭となって海を楽しむ「サッパ船アドベンチャーズ」や、震災の記憶を語り継ぐ「たのはた大津波語り部」が人気です。住民と観光客が交流し、体験型観光による地域活性化を目指しています。
通過ではなく、“滞在”してほしい
岩手県北部。ウニやアワビが豊富なリアス式海岸に面しており、漁師が多く暮らすのが田野畑村です。田野畑村の磯舟は「サッパ船」と呼ばれ、入り組んだ海岸を効率良く移動するために、岩礁の間を縫うように船が走ります。田野畑村では、このサッパ船を観光プログラムとして提供しています。サッパ船に乗って美しい景観を楽しむだけでなく、船頭を務める地元の漁師と交流できるという点も人気です。
地元住民自らが観光に携わり、地域活性化を目指すという田野畑村の取り組みは、2003年から始まりました。田野畑村は盛岡から車で2時間と、決してアクセスが良い場所とは言えません。どうしても「通過点」になってしまい、田野畑村を目指してやって来る人はあまりいませんでした。美しい海や、豊富な海産物に恵まれているのだから、どうにか観光客を呼べないものか――。こうして、“滞在”をキーワードにした観光業の立ち上げに取り組むことになりました。
観光客との交流がいつしか誇りに
こうして立ち上がったのが、NPO法人体験村・たのはたネットワークです。事務局長を務める楠田拓郎さんは、田野畑村の景色に魅了されて東京から移住してきました。「今でこそ漁師の皆さんはとても協力的ですが、当初は観光業の意義を伝えるのに苦労しました。観光客と地元の人たちが関わる機会がまったくなかったので、最初は『漁の邪魔になる』と思っていた方もいたのではないでしょうか。両者が交流する機会さえあれば、良い関係が築けると考えていました」
楠田さんは自らの足で漁師の元を尋ね、船頭を依頼していきました。最初は誰もが「話すほどのことなんてないよ」と突っぱねます。そこをどうにか、とプログラムに参加してもらうと、次第に「どうだった?あの話し方で伝わったかな?」と真剣な顔つきに変わっていきました。本人は当たり前の話でも、漁のことをまったく知らない観光客には新鮮に聞こえます。「漁師さんたちの話に驚き、喜んでくれる観光客を目の当たりにすると、漁師という仕事への誇りが持てるようになるのではないかと思います」
震災後にあがった「やろう」の声
2011年3月の、東日本大震災。田野畑村に8隻あったサッパ船のうち、残ったのはたった2隻でした。あまりの被害の大きさに楠田さんは呆然とするしかなく、「もう、これで終わりなのかな…」と呟いたといいます。しかし、漁師たちは鼓舞するように声を上げました。「やろう」と。邪魔とさえ思われていた観光業は、今や漁師たちの生き甲斐に変わっていたのです。
翌4月には、楠田さんと漁師たちは新たな船を探しに出かけていました。船の目処が立った後、観光客を迎え入れる準備を整え、再開の告知を出し…。観光客を乗せたサッパ船が再び出航したのは、7月末のことです。全国から観光客が集まり、その数は翌年3月までの約8カ月間で1,000人にもなりました。「以前いらっしゃったお客様から、心のこもったお手紙と義援金をいただくこともありました。田野畑村をこれほど多くの方が大切に思っていただいているのか…と本当にうれしかったです」
田野畑村を繰り返し訪れてもらうために
震災後からは、村を回って震災の記憶を語る「語り部」プログラムも始めました。同じ経験をした住民は1人もいません。自身の経験を自身の言葉で語ってもらえるよう、楠田さんは1人ずつに当時の話を聞き、個別のマニュアルを作りました。「正直なところ、年々語り部の参加者は減ってきています。それでも、止めるつもりはありません。自分の言葉で震災を語るというのは、その人にしかできないことです。『語り部を務める』ことがその人にとっての生き甲斐になるのなら、ずっと続けていこうと思っています」
他にも人気のプログラムがたくさん生まれています。断崖のすぐ下を歩き自然の迫力を感じられるネイチャートレッキングや、波打ち際の貝殻を拾い集めてフォトスタンドなどを作る貝殻アート、漁師の小屋「番屋」の案内や、そこでの料理体験。もちろんどれも住民が案内役です。
そして今、楠田さんが積極的に取り組んでいるのが修学旅行の誘致です。観光客は夏に集中しがちなので、閑散期に人を呼べないかと学校に働きかけています。「子どもの頃に訪れた場所というのは、記憶に残るものです。そこで地元の人たちと触れ合い、印象的な体験をすれば、大人になってからまた来てくれるでしょう」一度だけでなく、何度も訪れたくなる場所へ――。田野畑村の地域活性化の取り組みは続きます。
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岩手県下閉伊郡田野畑村羅賀60-1
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