NPO法人 いわきオリーブプロジェクト
松﨑康弘さんが2009年から研究を進めてきたオリーブ栽培プロジェクトを受け、2013年に発足。いわき市内45カ所に、12品種4,500本のオリーブの木を育てています。2015年にオリーブオイルの試験搾油に成功、2016年秋に製品化が実現する予定です。<いわきオリーブプロジェクトの理事長を務める松﨑康弘さん(左)と、オリーブ栽培を一手に担う舟生仁さん(右)>
イワシがきっかけで、いわきとスペイン・アンダルシア地方の気候の共通性に気づく
紀元前700年頃から栽培されていたというオリーブ。乾燥に強く、暖かな地中海地方が原産とされており、世界一の生産国はスペインです。日本のオリーブ産地としては香川県小豆島が有名で、主に西日本で栽培されています。国内では茨城が北限とされているオリーブ栽培に、福島県いわき市が取り組んでいる秘密は「イワシ」と「空」にありました。
現在、いわきオリーブプロジェクトの理事長を務める松﨑さんは、市民が運営する地場産品の直売店を運営しています。さまざまな相談を受ける中に、「あまり利活用されていない水産物のよい利活用はないだろうか」という相談があり、イワシの加工品、アンチョビが思い浮かびました。
アンチョビは、塩とオリーブオイルに漬け込んだ加工品です。製造に欠かせないオリーブオイルを調べている時、松﨑さんはふと空を見上げました。冬のいわきの空は、どこまでも高く青空が広がっています。その空が、かつて目にしたスペイン・アンダルシア地方の空とそっくりだったのです。いわき市は、東北地方ながら日照時間が長く、雪もほとんど降りません。
「ここでならオリーブを育てられるのでは−−?」
松﨑さんの胸が踊りました。
耕作放棄地にオリーブを根付かせ、新たな希望の実を育てたい
オリーブ栽培にはまったく縁のなかった松﨑さんですが、いわきの空に背を押されるようにして、研究会を立ち上げました。オリーブ栽培へ取り組むにあたり、栽培の知識を学ぶのと並行して、土地も確保しなくてはなりませんでした。松﨑さんは直売店で取引をしている農家や加工業者の方々と研究会を立ち上げたのでした。
「いわきは梨をたくさん作っていますが、高齢化で耕作が放棄された樹園地は2005年ですでに244ヘクタールにも達していました。増え続ける放棄地、そのような問題解決にもオリーブは有効ではないか、と考えていたのです」
コツコツと協力者を募り、1年間で会員は70人にもなりました。オリーブ栽培に関する研究も進み、2010年、市内15カ所に膝丈ほどのオリーブの苗木を500本植え、プロジェクトが動き出したのです。
スペイン・アンダルシア地方と気候が似ているという松﨑さんの読みが当たっていたのか、枯れてしまったオリーブはなく、すべて活着しました。「このまま順調にいけるかもしれない…」、そう松﨑さんがほっと息をついた頃に起こったのが、東日本大震災でした。
オリーブの魅力が震災を乗り越え、全国各地との絆を結ぶ
震災でいわき市に降りかかったのは、原発事故による風評被害です。「オリーブなんて育てている場合じゃない」と会員は次々と減っていき、気づけば70人いたメンバーはわずか15人に。地元の窮状を目の当たりにし、さすがの松﨑さんもあきらめかけていました。
しかし、震災は新たな絆も生みました。「続けましょう!」そう言ってくれたのは、全国から駆けつけたボランティアの人たちでした。ボランティアでいわきを訪れ、オリーブプロジェクトを知ると、「私も育ててみたい」という声が上がり始めます。そこで、挿し木を持ち帰って自宅で育ててもらい、数年後にいわきに戻すという活動も始まりました。現在ではこうして自宅でオリーブを育てる県外の会員が増えているといいます。
中でも大きな絆となったのは、東京・中野区との結びつきです。中野区でフリーペーパーを制作している会社が中心にボランティア団体「中野オリーブのはばたき」という団体を立ち上げ、交流を続ける中、JR中野駅長との縁がつながり、「中野といわきをオリーブで結ぼう」と、いわき駅から東京中野駅までのJR沿線に苗木を届ける「オリーブ列車」が走行しました。搾油を祝うイベントを中野区で開催し、オリーブプロジェクトへの基金も始まりました。「オリーブは、昔から平和や愛の象徴でした。人を惹きつける、魅力が詰まった木なんだと思います」と松﨑さんは多くの人の協力に感謝しています。
農業のあり方を変える一大プロジェクトに
現在、オリーブは45ヶ所に4,500本にまで増えています。まだまだ試験栽培の段階で、12種類を植えていわきとの相性を調査しているところです。国内でこれほど多品種を育てている土地は珍しく、「このオリーブはありますか?」と県外から問い合わせが来ることもあるそう。
そして、2015年にはついにオリーブオイルの試験搾油にも成功しました。いよいよ今年からは商品化の予定です。「もともとはアンチョビを作ろうというところから始まったプロジェクトです。栽培したものを、どう加工してたくさんの人に届けていくかということが今後の課題です」
日本は全世界の100分の1ものオリーブオイルを輸入しているにも関わらず、自給率はわずか0.05%です。いわきでのオリーブプロジェクトが大きくなれば、この自給率もすこしは上がることになるでしょう。北限の地と呼ばれる場所でのオリーブ栽培が産業として成長できれば、低迷する農業を変えることになるのかもしれません。いわきの地に植えられたオリーブは、着々と広がっています。
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