地元住民の「廃炉」への向き合い方

21人が福島第一原発を視察

福島第一原発の廃炉を地元住民はどう考え、対峙しているのだろうか。2月28日、廃炉について勉強を重ねてきた住民21人が原発の構内を視察し、東電福島復興本社の代表と質疑応答を交わした。参加者からは「作業が進んでいることが実際に視察してわかった」「信頼して継続的に見守っていきたい」などと好意的な意見が目立った。30年以上かかると言われる廃炉に、住民はどのように向き合えばいいのだろうか。住民から見た廃炉の今を考える。

「廃炉の問題について学ぼう」。勉強会で議論重ねる

2月の澄み切った晴天、視線をわずかに移せば群青の海が見渡せる。東京ディズニーランドとディズニーシーを合わせた面積の3.5倍という広大な現場には、事前に抱いていた暗く翳(かげ)りのあるイメージとは対照的に、明るい雰囲気が漂っているように感じた。現場では、放射線量に応じて細分化された区画ごとに作業員がきびきびと作業に従事している。目が合って会釈をすると全員がそれに応え、行き交うときには「こんにちは」と軽やかな挨拶が交わされる。事故から6年が経過した廃炉現場は、当初のような混乱の雰囲気は薄れ、整然としていて明るい雰囲気に包まれた、大きな工事現場のように見える。

1号機の作業を見る視察参加者

「福島第一原発」と聞くと、白い防護服と全面マスクが必須の壮絶な作業現場という印象が強いが、2017年4月現在、構内の約98%の場所で、通常の服装で見学することができるようになった。これまで、構内の除染作業や地面をモルタル(セメントと水を混ぜたもの)で覆う工事を続けてきた。少しずつ、作業しやすい現場になっていることがわかる。

今回視察に参加したのは、「福島学ゼミ」のメンバー21名だ。NPO法人コースター(郡山市)が所有するコワーキングスペース「福島コトひらく」で、立命館大学准教授の社会学者・開沼博さんを講師に招き、廃炉に関して昨春から10ヵ月にわたって毎月1回の勉強会に参加してきた。開沼さんが2015年に出版した「はじめての福島学」を教材に、震災後の福島の現状を公開データをもとに冷静に理解しようと努め、また昨秋からは「福島第一原発廃炉図鑑」をテキストに、原発の現状を学んだ。

さらにその後、「放射線リテラシーが十分に身についた今、そもそもの問題の中心にありながら、あまり実情が知られていない廃炉の問題について学ぼう」と開沼さんが呼びかけ、1~4号機それぞれの特徴や汚染水問題、作業環境の改善状況などについて議論。毎回3時間近く、10人前後の参加者が「廃炉図鑑」で予習した内容をもとに深く話し合った。

地元住民として、地域のためにできること

今回の視察では、汚染水から放射性物質を除去する浄化装置や、地震で倒壊した送電の鉄塔、1~4号機の全景が見渡せる場所などをバスで回り、事故直後から対策拠点となっていた免震重要棟で当時の状況を聞いた。参加者は車窓から見える約900基の汚染水を貯めるタンク群や、凍土壁に冷却材を送り込む配管の一部が厚く霜で覆われている様子などに見入った。

遠隔操作の巨大クレーンが、1号機の建屋カバー取り外し作業をする様子

また、この日はちょうど1号機の建屋を覆っていたカバーの撤去作業が行われており、無人の巨大な重機が遠隔操作でカバーを運ぶ様子も、バスの窓から間近に見ることができた。案内をする東電社員のアナウンスが流れると、参加者は窓越しに作業の様子を食い入るように見つめていた。このほか、380円で日替わりメニューが食べられる休憩所内の食堂で昼食をとったり、作業員に地元食材を使った温かい食事を提供している大熊町の給食センターを訪ねたりした。

視察中に通過した最も空間線量が高い場所は、2号機と3号機の間の通路で313マイクロシーベルト毎時。しかし、視察した構内の線量はほとんど1~4マイクロシーベルト毎時で、高くても10数マイクロシーベルト毎時ほどだった。視察参加者が装着していた個人線量計によると、外部被曝線量は積算10マイクロシーベルトだった。歯科でのレントゲン撮影が1回で5~30マイクロシーベルトといわれている。それと比較すると、ほぼ気にならない数字といえるだろう。

免震重要棟(作業の指揮を執る建物)の階段や廊下には、全国から寄せられた作業員へのメッセージや千羽鶴が飾られている

構内視察の後、富岡町の東京電力旧エネルギー館に移動し、東電福島復興本社の石崎芳行代表と質疑応答の時間を持った。
NPO法人コースター理事で富岡町出身の坂上英和さんは、「事故後初めて構内視察をして、現場の皆さんが、懸命に日々作業に取り組まれていると感じた。僕たちも、原発事故の被害者としてではなく、地元住民としてできることを考えていく時期に来ていると思う。何か協力できることはないか」と質問。石崎代表は、廃炉への応用も期待されるドローン技術や自動走行などの最先端技術を利用して、新しい地域づくりを進めていく「イノベーションコースト構想」に言及し、「地元のニーズを詳細に聞き取りながら、地元住民と協力してゼロから進めていく構想だ。積極的に参加してほしい」と語った。

視察後、参加者の質問に応じる東電福島復興本社の石崎代表(左)

また、「県外からの視察も受け入れてほしい」という要望に対しては、「まずは廃炉作業や地域復興を進めるための人員が必要なので、現状は構内視察にこれ以上の人数を割けないが、漸次(ぜんじ)広く門戸を開いていきたい。まずは福島の皆さんが納得して地元で生活するために、自身の目で構内を見る機会を作っていきたい」と将来的に応じる考えを示した。

世代を超えて、目を向けることの大切さ

視察から約3週間後、参加したメンバーが集まり、視察について振り返りの議論を行った。
県内の参加者は、「十分に事前学習をしたことで、今回の視察が有意義なものになった。何が行われているのかを理解して見学することができた」と語った。また、県内出身でWEBデザイン事務所を都内で経営する30代の男性は、「世界でも初めての挑戦なので、すべてが計画通りに進むことはないかもしれないが、信頼して継続的に見守っていきたい」と話した。
一方で県内在住の30代女性は、構内に向かうバスから見えた大熊町や富岡町の帰還困難区域の様子に着目し、「原発近くの帰還困難区域では、田畑が荒れて低木が繁茂(はんも)し、真新しい住宅がシャッターで閉ざされ、人に住んでもらえない状態であることに胸が痛んだ。構内作業と共に、こうした地域をなんとか蘇らせる方法も模索したい」と語った。

福島第一原発の過酷事故から6年が経過した。いまだ、溶け落ちた燃料の取り出しや汚染水問題など、課題は山積している。ただ、現場は日々試行錯誤を繰り返しながら、少しずつ作業環境を改善していることも確かだ。一般住民が軽装で視察できるようにもなった。一方で、開沼さんは廃炉について、「建屋の解体や瓦礫、溶け落ちた燃料デブリなどの廃棄物処理で終わるものではなく、周辺地域のコミュニティが新しい日常を営めるようになるまで続く」と話す。

廃炉が完了し、コミュニティが再構築されるまでには、途方もない長い年月がかかる。しかし、だからこそ私たち一人ひとりが、世代を超えて関心を持ち続けていく必要がある。そのためにも、住民が主体的に原発や廃炉の現状を深く知ろうとし、たとえ小さくとも自分のできることを探そうとする取り組みは意義深いものになるだろう。

文/服部美咲