福島だけではなく、震災後の社会全体にとって重要でありながらも、どこか近づきがたい問題に見える福島第一原発の「廃炉」。私たちは今後、少なくとも数十年以上にわたって続くこの問題に、どう向き合っていけばいいのだろうか。そのヒントが、福島県広野町などで7月2日からの2日間にわたって開かれた、第2回福島第一廃炉国際フォーラム(主催:原子力損害賠償・廃炉等支援機構(NDF))にあった。地元住民や県内高校生、外国人など約460人が参加。住民らと、NDFや東京電力など廃炉の専門家が対話を繰り広げた。これまでの専門家から住民への一方的な説明ではなく、住民の不安や不満、疑問、要望などを吸い上げ、専門家と議論を深める「双方向性」と「透明性」を重視した内容だ。フォーラムの事前準備から当日の様子までを伝える。
事前リサーチで住民の声を吸い上げる
壁一面に広がる模造紙に、色鮮やかなデザインのシールが次々と貼られていく。「よくわかった」「もっと知りたい」「不満」「不安」「もっと話し合いたい」。そこに書き込まれているのは、参加者の感想の数々だ。フォーラムで行われた議論の感想をこうして可視化することで、論点をわかりやすくしたり、重要な問題を浮かび上がらせたりする狙いがある。
震災後、廃炉や復興に関わる住民向けの説明会やワークショップは、県内各地で開かれてきた。しかし、発言力のある住民の意見が反映されやすく、広く一般住民の意見が取り入れられにくいという課題があった。そこで、今回のフォーラムでは、まず「事前リサーチ」と称して、様々な立場の住民の声を座談会形式で聞き取り、そこで挙がった不安や不満、疑問、要望について、フォーラム本番で廃炉の専門家とともに深く掘り下げるかたちを試みた。
この事前リサーチは、今年の4月から計5回開かれた。集まったのは、いまだ避難指示が続く双葉町の住民、避難指示解除後の再生をめざす田村市都路町の復興応援隊と川内村の住民、福島高校の生徒、県在住の外国人、廃炉作業の拠点だったサッカー施設・Jヴィレッジの職員など多彩だ。
「『廃炉』ってそもそもなんだろう」「本当にあと30年で終わるのか」「もしもう一度爆発したら、どうすればいいのか」。住民から率直な意見が飛び交い、話し合いは3時間以上続くこともあった。「普段、日常の仕事に追われ、改めて廃炉への思いを語る機会がなかった。仲間の考えを聞くこともできて、改めて廃炉の問題を考えていこうと思った」と、川内村の住民は語る。これまでなかなか表に出てこなかったような住民の小さな声や多様な意見に、光が当てられたようだった。
住民×専門家の議論を可視化する
そうして迎えたフォーラム当日、ふたば未来学園(広野町)の生徒を含む地域住民7名が代表して、東京電力やNDF、IAEA(国際原子力機関)など廃炉や原子力の専門家に事前リサーチで聞き取った意見をぶつけた。また、その冒頭で司会進行を務めた社会学者の開沼博さんは、フォーラムのテーマである「『何が分からないのかが分からない』の先に」に触れ、多くの住民が「何がわからないのかがそもそもわからない」状態にあると指摘したうえで、あえて空気を読まずにありのまま意見を出し合い、相互の対話を可視化するよう求めた。
そして、いよいよ議論がスタートする。住民から「廃炉現場の周辺に住むことのリスクはあるのか」「廃炉の全体像を知りたい」といった意見が出されると、NDFの山名元理事長は「廃炉の現場が抱えるリスクを今後減らしていく。リスクがどの程度減っていくのか、皆さんも一緒に今後注目してほしい」と訴えた。すると、会場からは納得の声も聞こえた。
一方で、「廃炉の全体像や終着点については、現在格納容器の内部調査を始めたばかりで明確に言える段階ではない」という東京電力の増田尚宏CDO(廃炉・汚染水対策最高責任者)の回答には、会場から「不満」の声も。ただ、登壇者の1人で郡山市のNPO法人「コースター」理事の坂上英和さんは「真剣に考えて答えているという真摯な姿勢が感じられた」と感想を伝えるなど、それぞれの立場から率直な意見が飛び交った。
また、住民の「情報発信の方法を改善してほしい」という要望については、増田CDOが今年2月に2号機の格納容器内部で測定された線量が「人間が浴びれば数十秒で死ぬ」などと過激な論調で報道されたことに触れ、「これまで一度も測定できなかった場所の線量が測定できたので、成果が出たというつもりで発表した結果、あたかも格納容器の外まで高線量であるかのような報道につながってしまった」と説明した。今後は、こういった専門家と一般住民との認識の乖離が生まれないように、報道のあり方も含めて双方の冷静な議論が必要になるだろう。
このフォーラムでは、こうした議論を可視化するために「グラフィックレコード」と呼ばれる手法を用いた。冒頭で説明したように、対話の内容をリアルタイムで模造紙に描いていく手法だ。これにより、「論点が一目瞭然となり、議論が分散せずに深まった」などと話す来場者が少なくなかったほか、参加者の感想を示す「よくわかった」「もっと知りたい」「不満」「不安」「もっと話し合いたい」というシールを貼付する場面もあり、これによって参加者の率直な感想を視覚的に浮かび上がらせることができた。
小さな対話を積み重ねていく
さて、現場の福島第一原発構内では、コンクリートで地表を覆う作業を徹底した結果、作業員の装備が軽量化。その影響もあり、作業時の労災事故の発生頻度は平均的な工事現場の3割程度に抑えられているという。また、長らく懸念されてきた汚染水についても、凍土壁の完成に目途がつき、多核種除去装置(ALPS)によって無害な水に順調に処理されている。このように着実な進展も見せている一方で、未だ7万人を超える県民が避難生活を余儀なくされ、帰還困難区域などが残されている現実もある。長引く避難生活のストレスも深刻化している。
「廃炉とは、燃料の取り出しと建屋の解体、瓦礫処理のみならず、その後の周辺地域コミュニティの再建までを指すべきだ」と開沼氏は語る。
今回のフォーラムで登壇した川内村商工会長の井出茂さんは、「今回の震災と原発事故で、仮設住宅がずいぶん建てられた。しかし、人間にとって『仮設の人生』というものはない。私たち住民は実体のある『本物の人生』を生きている」と語った。廃炉作業が続く間も、住民一人ひとりの「本物の時間」が流れている。その中で、どのような地域にしていくべきかという点についても、住民と専門家双方からの提案を活発にすることが今後望まれる。
コミュニティの再建は長い道のりかもしれないが、それは小さな対話の積み重ねなくして実現しないものだ。その意味でも、今回のフォーラムで試みられたような住民と専門家の双方向の議論こそ、今求められているものなのではないだろうか。
文/服部美咲
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