弁護士・法学博士 岡本正
1979年生まれ。2011年4月、東日本大震災における無料法律相談のデータベース化を提言し、日本弁護士連合会災害対策本部室長に就任。相談データは住宅ローンの減免や相続放棄の期限延長などの制度改正に活用された。2012年、慶應義塾大学に「災害復興法学」を創設。2016年から銀座パートナーズ法律事務所代表。専門は企業法務・危機管理。2009〜11年、内閣府上席政策調査員。2011〜17年、文部科学省原子力損害賠償紛争解決センター総括主任調査官を務めた。著書に「災害復興法学」(慶應義塾大学出版会)、「災害復興法学の体系〜リーガル・ニーズと復興政策の軌跡」(勁草書房)など。
ー”あれから”変わったこと・変わらなかったことー
弁護士に何ができるのか
「家が津波で流された。生活費をどうすればいいのか」「全壊した住宅ローンが残っている。払い続けないといけないのか」。現場で無料の法律相談をしていた弁護士から送られてくる相談票には、被災者の悲痛な叫びが記されている。「1件たりとも無駄にはしない」。そんな思いで1枚1枚に目を通し、ひたすらパソコンに入力する日々が続いた。
震災発生当時、内閣府に出向していた私は、「弁護士として何ができるのか」と自問自答していた。被災地では、全国から駆けつけた弁護士が無料の相談業務に奔走していた。聞けば相談件数はどんどん積み上がる一方で、その分析や活用に現場は手が回らない状況だった。
「被災者の声をデータベース化し、課題をフィードバックすると同時に、法改正にも活用しよう」。私はこれこそ、被災地の外にいる弁護士にできることだと確信した。すぐさま日弁連に掛け合い、相談記録のデータベース化を進言。そして、約1年間かけて、4万件以上の相談内容をすべて記録した(詳しくはこちらの記事)。
住宅ローンなどの減免制度や相続放棄の期間延長、災害弔慰金の兄弟姉妹への拡大などは、このデータを基に国に政策提言して実現したものだ。ローンの減免制度では、2011年7月に「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」が完成。宮城県沿岸部95カ所の避難所で実施された相談事例を分析した結果、住宅ローンなどの支払いが困難になったとする被災者が、全体の2割近くいたことなどから浮かび上がった問題だった(グラフ参照)。2015年には対象となる災害の範囲が拡大され、新たに「自然災害債務整理ガイドライン」が策定されている。
「災害復興法学」の誕生
しかし、私は同時に大きな不安も抱いた。いつかやってくる首都直下型地震や東南海トラフ地震に備えなければならない。この取り組みで得た知恵やノウハウを、次世代に継承する準備はできているだろうか。
そうした問題意識から生まれたのが、「災害復興法学」だった。収集した被災者の声から傾向や課題を分析し、既存制度の改善を提言することなどが主な内容だ。2012年以降、私は大学の教壇に立ち、その必要性を訴えてきた(詳しくはこちらの記事)。
一連の活動を通して、私たち弁護士の意識も変わり、災害時における役割と認知も広まっているように感じる。例えば、2014年に広島市で豪雨による土砂災害が発生したときには、初日から多くの弁護士が現地に入って法律相談を実施。また熊本地震(2016年)の後にも、東日本大震災のデータベース化を参考に、相談内容を記録する取り組みが行われている。
災害発生時、弁護士も最前線に行くべきだというマインドが生まれ、行政や社会福祉協議会(ボランティアセンター)など他の関係機関にも、弁護士の必要性が徐々に知られるようになってきている。これは大きな変化だろう。
制度の狭間に落ちた”人の復興”は道半ばだ
震災から7年が経過し、現地では新たな課題が浮かび上がってきている。例えば、ローンの問題だ。減免制度ができるまでには数カ月のタイムラグがあり、完成後も混乱の中で広く周知させることは難しかった。そのため、「知らなかった」など何らかの理由で利用できなかった人が数千人規模に上るとみられる。そうした人たちは、例えば制度を利用すれば残せたはずの義援金などを、ローンの返済に当ててしまったケースが少なくない。
災害公営住宅がどんどん完成し、造成工事や土地区画整理事業も進んでいる今、そうした人たちは家賃負担が重くのしかかり、高台に家を建てるほどの余裕がない。そういった事情を抱えている人が、相当数いる可能性が高い。
災害関連死についても、指摘しておきたい。原則、各市町村に設置された委員会に認定されれば、遺族に災害弔慰金が支払われる。しかし、中には認定されず、訴訟につながるケースもある。認定方法のノウハウが少なく、基準が医学的な観点に偏りがちに見える。弁護士のほか、法的評価ができる専門家をより多く交えて、もっと広い視野で総合的に評価する必要があるのではないか。
ハードの復興は進んでいるように見えても、”人の復興”や生活再建はまだ道半ばだ。制度の狭間にこぼれ落ちてしまった人たちの声に耳を傾け、必要に応じて制度の見直しを進める必要があるのではないか。
ーBeyond2020 私は未来をこう描くー
防災教育には”生き延びた後”の視点も欠かせない
「災害復興法学」には、被災ニーズの分析と法整備のほかに、もう1つの重要な役割がある。それは、防災教育だ。
防災教育といえば、被害を未然に防ぐことに焦点が当てられがちだ。もちろん重要なことだが、被害を受けた後、せっかく支援制度があるのに使われないままで終わってしまう事態も避けなければいけない。一言で言えば、”生き残るための防災”に加えて、”生き延びた後の防災”。支援制度などの知識を、防災教育を通して知っておく必要があるということだ。
具体的には、まず必要なのは「罹(り)災証明書」の交付を受けること。そこに記された住宅被害の程度に応じて、支援金の受け取りや公共料金の減免などが可能になる。他にも、自宅が「全壊」「大規模半壊」に認定されると受け取れる「被災者生活再建支援金」、家族が犠牲になった場合に遺族に支給される「災害弔慰金」などがある。こうした知識があれば、生活再建の描き方も変わってくるはずだ。
私は大学での講義に加え、各地の自治体や町内会、マンション組合などの地域コミュニティ、さらには企業向けの研修などでその必要性を啓蒙している。さらにここ数年は、病院などの医療・福祉関係者に研修を行う機会も増えてきた。
特に災害直後の緊急期においては、医療・福祉との連携強化は非常に重要だ。彼らに少しでも法律や制度の知識があれば、「こういう制度がある」「詳しくは弁護士に相談して」などと被災者に伝えることができる。これは被災者にとって大きな安心材料になるはずだ。互いに連携し、多様なニーズに応えられるような相談体制を築く必要があるだろう。
私は、災害派遣医療チーム「DMAT」(Disaster Medical Assistance Team)に倣い、法律家集団で構成する「DLAT」(Lは「Legal=法律」の意味)の必要性を唱えている。法律の存在は、被災者の生活再建に多大な影響を与える。医療や消防、自衛隊などと同じように、災害緊急期における弁護士の重要性をもっと広く認知させたい。
支援を”なだらか”にする「災害ケースマネジメント」
今、法律業界では「災害ケースマネジメント」の制度化を進める動きがある。これは、被災者1人ひとりの個別のニーズを拾い上げ、支援計画を立てて実施する仕組みのことだ。現行の災害法制上では、支援が画一的になってしまうからだ。
例えば、「被災者生活再建支援金」の支給問題。これは住宅の「全壊」と「大規模半壊」が対象で、「半壊」と「一部損壊」の場合は支払われない。つまり、これでは壊れた家に住み続けないといけない「在宅避難者」と呼ばれるような人が生まれてしまう。これは今、東日本大震災の被災現場でも、まだ解消されていない課題だ。
こうした制度の狭間を埋め、支援内容の凸凹をなだらかにしようというのが目的だ。「被災者生活再建支援金」でいえば、「半壊」や「一部損壊」の認定にも支援金を支払うようにする必要があるだろう。
新たに道路を建設するときのように、莫大な財源が必要なわけではない。工夫すれば制度整備は十分可能だ。こうした「災害ケースマネジメント」の必要性は、法律業界をはじめ様々な識者が提唱している。近い将来、制度化が実現してほしい。
4万件の声を”希望”に変えたい
「事業のローンやリースの返済が止まらない。もう破産しかないと聞いたが、そうしたらもう何かも終わりだ」。東日本大震災から間もない時期、弁護士はこのような相談を多数受けることになる。ところが当時、生活再建や事業再生にとって効果的な支援制度は存在しなかったのだ。この絶望的ともいえる状況を、2度とつくり出してはならない。
「きっと私たちが何とかしますので、あきらめずにお話を聞かせてください」。何の確証もなかったが、震災直後の多くの弁護士は、こう答えるしかなかった。弁護士でありながら、解決策を提供できない。あのときの忸怩たる思いを、仲間たちも私も抱えていた。それこそが、今に至る大きな原動力になっている。
あれから7年。4万件の声を”希望”に変えたいと思い続けてきた。個人債務者のローンの減免制度のように、一部その後の災害に生かされた部分もあるし、まだ不十分な点もある。災害が多発するこの国で、被災者を救うために必要な法律・制度は何か。これからも問い続けたい。
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