[寄稿]いのちを守る情報の共有 ~ 『個人情報』で『個人』を救う

(本稿は弁護士の岡本正氏からの寄稿文です)

個人情報保護法は「壁」という「誤解」

2012年7月、「災害時における個人情報の適切な取扱い~高齢者・障がい者の安否確認、支援、情報伝達のために」と題するシンポジウムが東京の弁護士会館で開催された。自治体関係者や被災者支援団体などを中心に200名以上が参加した。首都圏だけではなく、遠方からも参加者が訪れる盛会となった。シンポジウムの企画者兼パネリストの一人でもあった私としては、ほぼ満席の会場を見て内心ほっとしていた。

※「災害時要援護者」とは、災害時に必要な情報を迅速かつ適切に把握し、避難をして身を守るなどの一連の行動をとるのに、他者の支援を必要する人たちのことをいう。高齢者、障がい者、外国人、乳幼児、妊婦、要介護者、入院者、重難病者などがあげられるだろう。

シンポジウムの基調報告は、ある障がい者支援団体の代表の方にお願いしていた。要約すると次のような報告であった。
――「私たちの団体が、東日本大震災・原子力発電所事故からの避難者、特に障がい者の災害時要援護者への支援活動を展開できたのは、自治体が、障がい者の所在情報などの個人情報を、団体側に提供するという決断をしてくれたからです」。
――「障がい者や高齢者の支援のためには、その所在情報はもちろん、どのような障がいがあるのか、生活支援のための個人情報が必要です。しかし、その情報を持っている自治体の当初の反応は、「個人情報保護条例」によれば、「本人の同意」がなければ支援に必要な個人情報やその所在情報を提供できない、とのことでした」。
――「そもそも安否が確認できない方もいるはずなのに、それでは支援が遅れて取り返しのつかないことになる」。

生活の上で助力が必要となる障がい者や高齢者が、どこかの避難所で待っているかもしれない。自宅に取り残されたまま、命をぎりぎり繋いでいる危険な状態かもしれない。もしかしたら、誰にも気づかれず、物資も尽きて・・・。
多くを考えさせられ、そして、会場の参加者全員に、この問題を何とかしなければならないと決意させるに十分な内容の報告であった。

※以上に記載した報告者の発言については、筆者側にて要約・再構成している。

では「個人情報保護法(条例)」は、本当に安否確認や障がい者等の避難生活支援のための「壁」として立ちはだかっているのだろうか。結論から言えば、現在の個人情報保護法も自治体の条例も、十分機能しうるはずであると思っている。多くの現場で「壁」だという「誤解」が生じているのだ。
何が課題なのか。どうしたら、我々は次の災害に備えることができるのか。いま復興支援活動に携わる、あるいは将来の災害において、家族や友人を守らなければならないであろう皆様と一緒に考えていきたい。

個人情報保護についての過剰反応

東日本大震災後、介護・福祉等の専門団体がボランティアとして被災地に入り、安否確認や避難所での生活支援のために災害時要援護者の情報提供を求めた。
しかし、多くの自治体では、「本人の同意が得られない」との理由で、災害時要援護者の情報は支援者に提供されなかった。新聞社の調査によれば、災害時要援護者情報を支援者団体に提供したのは、岩手県、宮城県、福島県の3県と33市町村のうち、岩手県と南相馬市の2自治体だけだったという。

※関連報道として読売新聞(2011年6月4日)がある。

安否確認や生活支援は遅々として進まず、自宅や避難所で支援から取り残された障がい者、高齢者らが過酷な環境におかれた。
巨大災害時において、いのちにかかわる事態に対しても、個人情報保護に対する「過剰反応」が生じてしまったのである。
特に、「安否確認」フェーズであれば、そもそも本人の個別同意は不可能であるから、単なる同意の欠如や抽象的な個人情報保護を理由とするだけでは、情報を提供しない根拠にならないはずである。

適切な運用で、本人同意がなくても個人情報は支援に活用できる

 では、個人情報保護法制やそれに対する国の方針はどうなっているだろうか。実は、法律も条例も、「本人の同意」のほかにも、個人情報を第三者と共有できる途をすでに設けているのである。これを認識しておらず、「本人の同意」がなければ個人情報の共有や活用ができないと考えている方は少なくないのではないだろうか。

 ※本人の同意なくして個人情報が提供できる場合の例
・ 「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」
・ 「生命・身体・財産の安全確保のため、緊急かつやむをえないとき」
・ 「公益上特に必要があり、かつ、本人の権利利益を不当に侵害するおそれがないと認められるとき」
・ 「住民の利益になることが明らかな場合」

法律や条例だけではない。内閣府・総務省・厚生労働省が、2006年に作成した「災害時要援護者情報の避難支援ガイドライン」によれば、災害時要援護者情報の情報収集と共有において、本人同意だけを根拠するのではなく、本人の同意なくして、必要性がある場合に支援関係者間で個人情報を共有する仕組み(「機関共有方式」)構築するよう推奨している。
 さらに、個人情報保護法の所管官庁である、消費者庁の作成したパンフレット「よくわかる個人情報保護のしくみ」では、災害時要援護者リストの共有について、「『個人情報保護条例』を適切に解釈・運用すれば、関係者(福祉部局、防災部局、自主防災組織、民生委員など)間で要援護者情報の共有は可能です」と、はっきりと書いてある。このパンフレットは大変わかりやすく、専門家に限らず一読の価値がある。目からうろこ、という方も多いはずなので、ぜひお読みいただきたい。
こうしてみると、従来から、個人情報保護法や条例を正しく解釈し、その上で適切な個人情報の共有を図ることについて、国から自治体等への呼びかけが行われていたことがわかるだろう。

住民の生活に真に資する行政の役割とは

 自治体が管理する「災害時要援護者」リストを、安易に外部に提供すると、プライバシーの保護の観点から、様々な問題や苦情が起こる、と言われることがある。
確かに、災害時要援護者の個人情報には、センシティブな情報が多いため、プライバシーや情報漏えいへの配慮は必須である。
しかし、だからとって情報提供それ自体に臆病になり、手が回らないからといって支援を放置すれば、助けを待っているはずの「いのち」を救えないという事態が起きる。
法制度をしっかりと理解・解釈し、住民には、法的根拠を明確にした説明責任(アカウンタビリティ)を果たし、積極的に災害時要援護者リストの共有につとめることが、行政に求められる姿であろう。

情報共有についてのベストプラクティスへの期待

 2012年6月11日の岩手県の発表、「被災者支援を目的とした個人情報の利用及び提供について」をぜひとも紹介したい。
これによれば、「各種災害の発生により大きな被害が生じた場合には、県だけできめ細かな支援をもれなく実施することは困難なことから、市町村をはじめとする関係機関との連携・協力が不可欠となります。」「関係機関が被災者支援を行う際には、県が保有する個人情報の提供が必要となる場合があります。」として、一定の基準により、本人の同意なくして個人情報を提供できると明記した。
 この発表は、さきにのべた個人情報保護法制の趣旨からすれば、当然のことを述べただけともいえる。しかし、自治体自ら、必要な場合の個人情報の提供を明記し、態度を明確にしたことは、「過剰反応」がみられる中では、きわめて高く評価するべきと考える。
先に紹介した新聞社の調査にもあるように、岩手県はすでに個人情報を他団体(自治体)と共有した実績を持っている。今般の明確な基準の策定により、本人同意がなくても個人情報を共有できる場合があることを、広く共通の認識としていくべきである。
岩手県のみならず、他の自治体においても、個人情報保護法制を正確に理解したスキームが実施され、被災者生活支援が効果的に進むことを望みたい。

専門家によるサポート

 法律などの専門家は、自治体が個人情報共有への取り組みを安心して実施できるよう、サポートすべきである。
例えば、「災害時要援護者及び県外避難者の情報共有に関する意見書(2011年6月、日弁連)では、個人情報保護法制を正しく理解し、必要な場合には個人情報を共有することの重要性と法的な許容性を明確にした。
さらに、その1年後の2012年7月、法律面でも安心なスキームを構築できるようにと願い、弁護士や研究者で「災害時における要援護者の個人情報提供・共有に関するガイドライン(案)」を策定し、冒頭に紹介した日弁連シンポジウムで紹介した。シンポジウムでは、「安否確認」のフェーズだけではなく、その後の「生活再建支援」のフェーズでも個人情報の共有が必要になることを、共通認識とすることができた。また、災害時に円滑な個人情報の利活用を果たすためには、平時から支援機関どうしの、もっといえば、現場担当者の「人」と「人」との、顔の見える関係やつながりをつくっておくことが大切であるという点についても一致を見た。
今後とも、ぜひ自治体や支援団体と協働し、個人情報共有のガイドラインの策定や、手続整備をしていきたいと考えている。さらにいえば、災害時の個人情報の取扱いについて、個人情報保護条例に明記したり、あるいは上位の法律で災害時の個人情報の提供を明記したりすることで、自治体側の負担を軽減することについて、取組みが必要であると考える。
特に、将来の首都直下型地震や東南海沖地震に備える「危機管理」という意味でも、このような制度面の整備を急ぎたい。
なお、私が担当する慶應義塾大学ロースクールの「災害復興法学」においても、災害時の個人情報の取扱いをケース・スタディ課題として取り上げている。

震災直前の「規制仕分け」がきっかけ

私が災害時における個人情報保護法制の運用について問題意識を持つきかっけとなったのは、東日本大震災の直前のプロジェクトによるところが大きい。
2011年3月7日、内閣府行政刷新会議の「規制仕分け」において、「パーソナル・サポート・サービス推進上の諸課題」というテーマで公開の議論がなされた。政府の成長戦略にも明記されていた、生活困窮者等の支援のために行政や地域が情報を共有し、孤立を防ぎ就労支援等へつなげるという取組みについてである。
内閣府行政刷新会議事務局の上席政策調査員として国に出向中であった私は、議論に間近で立ち会っていた。

※「規制仕分け」の議論については、内閣府行政刷新会議ホームページを参照されたい。

そして、議論の結果、次のような取りまとめとなった。
「行政機関や地域社会は、困窮者支援に有効な多くの情報を持っていることから、プライバシー保護に万全を期しつつ、早期の支援のため、可能な限り情報を共有することが必要ではないか。議論にも出てきた・・・先進的な取り組みは、ベスト・プラクティスとして、是非とも広まることを期待したい」。
また、議論の途中では、外部専門有識者から次の趣旨の発言があった。
「例えば新潟中越沖地震のとき、長岡市は、個人情報を適切に共有することで、孤立者を生むことがなかった」「現行法制下でも、個人情報は、本人の利益になることが明らかであれば共有が許容されている」。
困窮者支援を念頭においているものの、「個人情報の共有」という意味では、きわめて示唆に富む議論であった。少なくとも、とりまとめ結果は、できるかぎり個人情報を利活用すべきだという、国のメッセージを広めるきっかけとなっていたはずだった。

その4日後、3月11日。
 
巨大災害時にこそ、個人情報の適切な共有により、いのちが救われなければならないと考え、現在までの活動に至る。震災直前に、運命的ともいえるこの議論に参加していなければ、今ほどの問題意識は持ち得なかっただろう。

いのちを守る個人情報の利活用

災害時要援護者は、避難や自宅待機によって、一旦はいのちが救われたとしても、継続支援がなければ、時間の経過とともに、そのいのちや安全が脅かされる懸念があるという、とても弱い立場にある。これを救うカギが個人情報の共有であるのなら、それを躊躇すべきではないだろう。
 ある弁護士仲間がこのように述べた。
「『個人情報』を保護して『個人』を保護できなければ、本末転倒である」。
なるほど、保護法益の考えたとき「個人の生命・身体・財産」に勝るものはない。プライバシーに関する情報は、保護されるべき重要な法益である。一方で、個人情報の共有がなければ救えない「いのち」があるということを、心に留めておきたい。

okamoto文/岡本正(おかもとただし)弁護士、慶應義塾大学法科大学院講師、日弁連災害復興支援委員会幹事
2003年弁護士登録。田邊・市野澤法律事務所。東日本大震災無料法律相談の集約と解析による可視化を提言し、日弁連災害対策本部室長に就任(2011年4月~12月)。現在は4万件以上の事例が集積されているデータベースは、復興支援の立法政策にも寄与した。12月、政府の原子力損害賠償紛争解決センター総括主任調査官に就任。2012年4月、慶應義塾大学法科大学院に「災害復興法学」を創設。福島大学東京サテライトでも教鞭をとる。2009年~2011年内閣府行政刷新会議事務局上席政策調査員。近著に『3.11大震災 暮らしの再生と法律家の仕事』(共著、日本評論社)。1979年生まれ。