(本稿は福島県の玉川職員からの寄稿文の後半です)
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6.共有(シェア)~身近な人たちとそして多くの方々と~
「自分自身ができることは小さい。だから社会が変わらなければ何も変わらない」そういう考える誘惑は自分自身にもありますが、それはある意味自分自身は無力、そういうメッセージにもなっています。自分も無力であるし、他の個人も無力。そうすると社会は誰か絶対的な力を持つ人しか変えられない。でも、実は絶対的な力を持つ人などいないということも事実。そのような「社会を変えられないループ」の中で、「個人」が社会を作っていくという経験がありました。
福島第一原子力発電所で私が見たもの
震災後1年を迎えようとした時期に、福島第一原発の現地調査の話があり、私も参加することにしました。現地の現実、それが町民の方々の不安のベースにあり、現実を見ない中で想像上の話をしても、果たして説得力のある対話ができるのだろうか。自分自身、無責任なのではないかと感じてもいた時期でした。
そして、2012年4月11日に福島第一原子力発電所に立ち入ることになりました。そこでは多くの学びや気づきがありました。
津波被災と水素爆発という甚大な被害の中にあっても、がれきの処理や対応策の実施など、進んでいる部分があったこと。でも期待したいレベルまでは進んでいない。進んでいるけど、進んでもいない、でも進んでいること。4号基の燃料プールに存在する、千本を超える大量の燃料棒の圧倒的な存在。今回の爆発では炉心が爆発したチェルノブイリと異なり、炉心の爆発に至らない水素爆発で済んでいますが、遙かに大量の核燃料が反応せずに残っていました。大量の燃料棒が損傷した場合、我が国の汚染はより深刻な濃度で首都圏以遠に至りかねなかったことを知りました。
また、「最悪」と思っていた事故に、さらに最悪がありえたこと。事故対応のコントロールタワーとなり、吉田所長たちの拠点となった免震重要棟は、サイト内で唯一人が待機できる場所であり、この拠点なしでは収束作業は実現不可能でした。燃料プールに存在する膨大な燃料棒が反応せずに済んだのは、この拠点をベースにした活動が積み重ねられたことも大きな原因ではないかと考えられます。その拠点が完成したのは事故のわずか半年前です。間に合わなかったらどのような事態が生じていたか。逆に、無事に間に合ったことの奇跡を感じずにはいられませんでした。
今までは遠く被災地から離れていた、東京の仲間たちの顔が浮かんできました。私たちの支援に当たってくれた彼ら。事故がさらなる最悪に向かっていたならば、私たちの大切な仲間である彼らも、私たちと同じ状況に至る危険性があったこと。そうなったとすれば、より現地に近い私たちはさらなる過酷な運命を余儀なくされたことも、想像できました。
さらに、実際に現地に入った中で、被災者である浪江町の友人が経営する会社の重機が私たちの車とすれ違いました。私たち浪江の仲間の会社が実際に収束作業に当たっていた。知らない他者ではなく、まさに身近な友人が事故収束にあたるメンバーであることを現地で実感したことは、別の意味で大きな衝撃となりました。
この日の体験や気づきによって、私自身がこの問題に関する当事者性を再考する機会となりました。
個人から社会へ。1万7千のシェアが生んだ大きな力
これらの気づきを、支援活動をしている友人達に伝えたのがその夜に書いたFacebookの記事でした。「私」そして「私たち」を主語として考えていけないか。私たち自身が「当事者」としてこの問題に関わっていくことが必要ではないか、そのような投げかけでした。
約100人の友人に向けた書いた記事が、共有したいとのリクエストを受け、公開範囲を広げ、そこから多くの方々との共有が始まりました。私自身の手を離れ、シェアは広がり、現在17,000ものシェアに達しています。この記事はFacebookのシェアとしては日本だけでなく世界的にも当時としては最大規模のシェア数だったことを、後になって知りました。そして、個人間の共有が大手マスコミの論説委員の目にもとまり、2013年3月11日の朝日新聞の社説「原発、福島、日本 もう一度、共有しよう」にまで至ることになりました。Facebookの私のコメントや取材における私の言葉を社説の中核に取り上げられる異例の取組みのこの記事は、一人の人間の気づきと問いを重ねる取材現場が共鳴して、形になったものでした。
そしてこの流れを作ったのは「コメントを付したシェア」という個人の活動を重ねた1万7千人の方々でした。個人の発信であっても、限定はされつつも、広い広がりを生み出すことができる、それは「誰かが」実現したのではなく、手に取った一人一人の方々でした。一見「無力」であるはずの個人が、他者との共有を重ねることにより、大きな力を生み出していくこと、その一つの現れでもありました。
最初から大きなものがあるわけではなく、結局は、一人ひとりから始まるしかない。ただし、逆に一人ひとりからは、確実に始めることができる、そして広がるものは、広がっていく。この出来事からそのようなことを読み取ることができるのではないでしょうか。
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