震災以降立ち上がった東北の団体のリーダーの元に、若手経営人材「右腕」を3年間で約200人派遣してきた「右腕派遣プログラム」。東北で活躍する「右腕」とリーダーのインタビューを紹介します。
― 橋本さんは、右腕になる前は何をされていたのでしょうか?三陸ひとつなぎ自然学校(岩手県釜石市)
右腕:橋本 かな子さん
リーダー:伊藤 聡さん岩手県釜石市鵜住居川流域を拠点とする三陸ひとつなぎ自然学校にて、右腕としての一年間の活動終了まで残すところ3日という橋本かな子さんと、リーダーの伊藤聡さんへインタビューさせていただきました。お二人が普段活動拠点の一つとして利用されている、根浜海岸の宝来館さんにお邪魔しました。
橋本さん :
某旅行会社に約5年勤めていました。旅行商品をお客様に販売したり、旅行の相談にのるなどいわゆる販売業務を担当していました。現在は会社のボランティア休職制度を利用して休職している状況で、この制度を利用したのは私が初めてだったようです。
― なるほど、では会社の方も色々と初めてで手続きが大変だったでしょうね。会社を休職してまで右腕に応募しようと思ったきっかけは何だったんですか?
橋本さん :
偶然、新聞記事を見たのがきっかけです。それまでも石巻などへボランティアとして月に一回ずつくらい通っていたのですが、それを続けながら「自分には一体何ができるのだろう」と考えていました。そしてちょうどその頃ETIC.の右腕派遣プログラムの個別説明会やマッチングフェアが開催されていたので、足を運んでみました。
― 説明会やマッチングフェアに参加してみて、どういうポイントで今のプロジェクトに惹かれたのでしょうか?
橋本さん :
特に地域に拘りがなかったので、最初は別のプロジェクトにエントリーしていましたが、その後私の経歴を考えたETIC. の担当者さんから、三陸ひとつなぎ自然学校を紹介されました。色々説明を聞いたなかでここが一番関わりたいと思う団体だったのですが、なぜかと言うとやはり旅行会社に務めている経験から、ツーリズムがもつ復興支援へのポテンシャルを感じていたからだと思います。あとは、リーダーが地元(釜石)出身であることと、何と言っても彼の人柄がすごく良かったのが決め手だったと言えます。自身も被災していながら立ち上がろうとしていた彼の想いに、共感できたのもポイントでしたね。
― 三陸ひとつなぎ自然学校の主な取り組みについて教えていただけますか?
橋本さん :
団体の取り組みは3つの柱でできていて、1つはツーリズム、2つめは子ども関連、そして3つめにボランティアコーディネートがあります。ツーリズムでは、外部からいらっしゃる方々へツアーを提供したり、子ども関連では子どもたちの地域への愛着を育むための取り組みとして「放課後子ども教室」という居場所作りを行ったりしています。私のメインの仕事としては、3つ目のボランティアコーディネートにおける、ボランティアさんたちのマネジメント業務です。ボランティアの受け入れ先のコーディネートは代表(伊藤さん)が行うのですが、うちの団体が受け入れるボランティアは中長期で長めの方々が多いので、受け入れ体制の準備や普段の生活面のサポートは私が担当していました。
― そうすると、受け入れたボランティアさんたちとかなり密接に関わるポジションだったと思うのですが、特に力を入れていたことなどありますか?
橋本さん :
一番こだわって取り組むようになったのが、ボランティアさんたちが「何故ここに来たのかわからない」というような状況にならないようにすること。つまり、受け入れ先やその地域一帯にとってボランティアを受け入れることがどういう意味をもつのか、またどういうインパクトがあるのかという話を丁寧にボランティアさんたちに伝えるということです。「復興とは地域の誇りを取り戻すこと」という言葉を代表がよく言うのですが、どうやってそれをボランティアさんたちに実行してもらえるのか、感じてもらえるのか、それを私なりに考えて、受け入れ初期の段階で伝えることもあれば、日々の作業中や送り迎えの時に伝えることもあります。
― 一緒に活動するなかで想いやビジョンを共有することが大切なんですね。橋本さんはボランティアの方々と接する際に色々と工夫されていたと思いますが、そんななかで苦労したことがあれば教えてください。
橋本さん :
振り返ってみて言えることですが、今思うと「東北のために何かしなきゃ!」という想いだけできてしまった分、最初は自分に出来ること、やりたいことが明確になっていなかったと痛感しました。半年くらいは「これだ」という自分の役割を見出せずに考え続けていました。自分は何のためにここに来たんだろう、という悩みをしばらくもっていましたが、でもだからこそ、来てくれたボランティアさんたちがそうならないように働きかけることができたのだとも思います。
― 悩んだことが次の行動に繋がったわけですね。
橋本さん :
そうですね。自分の役割を考えるには、まず地域における団体の役割を考えようと思いましたが、やはり地域が求めていることや状況は住んでみて経験してみないとわからないことが多かったです。半年くらい経ってから、それをしっかりと見出せるようになったと思うので、あの時期悩んでいたことは決して悪いことではなかったのかな、と。
― リーダーの伊藤さんとはどんな感じで二人三脚でやってこられたのでしょうか?
橋本さん :
代表はすごく親しみやすい人なので、基本的に本当に楽しく仕事をしてきました。マッチングフェアの時から変わらずこんな感じだったので、「この人なら大丈夫、きっとうまくやれる」と思っていました。私が言うことじゃないかもしれませんが、代表が仕事している姿を一年間見てきて思うことは、代表も最初の頃と今とでは明らかに変わりました。やはり立ち上げたばかりの頃は色々と迷いながらだったところが、時が経つにつれて代表の中での迷いも少なくなり、目標が明確になってきたことが私にもはっきりとわかるようになりました。それと同時に、「こうしたいんだ」というやりたいことをはっきり伝えてくれるようになったのは、私にとってもすごく有難い変化でしたね。
― 今後どうしたいとか、右腕をやったから今後に繋がることがきっと多くありそうですね。右腕派遣期間終了後にやりたいことや、こうなりたいというイメージがあれば教えてください。
橋本さん :
この団体で右腕として経験したことが、現在休職中の仕事に戻ってそこに直結するかはわかりませんが、公私ともに活かせる部分はあると思います。例えば、物事に主体性をもって取り組む、仕事にこだわりをもつ、何もないところで新しく一から何かをしようとする、他人や地域のことを自分から知ろうとするなど、右腕で学んだことは多いです。中でも一番自分が変わったなと思うのは、「いい人でいようとすることを止められた」ことです。ここに来るまではいい人でいなきゃダメだという考えがあったのですが、自分が大事だと思うことをやっていれば、そこに道ができるというか、出会うべき人たちに会えるしやるべきことをできるんだということがわかったんです。代表含めこの地域で出会った人たちは、震災で多くのものを失ったからこそ一番大事なことに向き合おうとしている人たちで、私は彼らから人生において一番大事なことを教わりました。変なこだわりや、人からの見られ方や思われ方を気にしなくなりましたし、私を後押しして応援してくれる人たちに出会ったから、これからまた前に進んでいくことが恐くなくなりました。
― この一年間でのご自身の変化がそんなにあったんですね。ではそれも受けて、今右腕への応募を検討している方へのメッセージなどあればお願いします。
橋本さん :
私は迷わず飛び込めましたが、もし迷っている人がいたら「迷わず飛び込んでしまえ!」と言いたいところではありますが…、やはりいきなり飛び込み過ぎて最初は自分が何をすべきかが見えなかったことがあったので、できれば「自分の強みはこれだからこのプロジェクトでこんな仕事ができる」ということも考えてから応募してほしいと思います。それを明確にしてから飛び込んでほしいし、受け入れる側にとってもそれが即戦力となるんだと思います。でもだからと言って、それがないから飛び込むなとは言いたくないです。チャンスがあってご自身の環境が整っているなら、ぜひチャレンジしてみてほしいし、やってみたら本当に色々なことを変えられる経験になると思います。悩んだ時に折れない心さえあればいいのかな?
― 最後の言葉、重要ですね。橋本さんありがとうございました。ここからはリーダーの伊藤さんにお話を伺いたいと思います。プロジェクトの現状、今後の展望を教えてください。
伊藤さん :
うちの団体はもう少しで3年経ちますが、これまでは基盤整備の時期だったと思っていて、やりながらどんどん積み重ねていくという時期でした。ですので、次年度からは攻めに入る一年間だと考えていて、これはうちの団体に限らず東北全体で言えることだと感じています。これからは収益性のある事業も追い求めていきます。
右腕案件として出している事業「コミ森」は森林活用の一環で、森を気軽に行けるコミュニティの場にしちゃおうという考え方です。この根浜海岸は海と山の両方が近く、特に山は津波から住民のみんなが逃げた場所でもあり、体験としてはすごく意義のある場所だと思います。昔はここに塩田があって集落の人々が塩を作っていたそうです。ゆくゆくはうちのコミ森で塩田も作って復活させたいと考えています。
ひとつなぎの方では、今後は他団体2つと協力して次の展開を目指していきたいと思っています。主には人の流れ、受け入れ体制を整備して、よりハブ機能を高めていきたいですね。具体的には、ボランティアやインターンの受け入れによって地域も成長するし、その間に立つボランティアも育つような構造です。
― それでは、伊藤さんはどんなことを右腕に求めますか?
伊藤さん :
そうですね、そんなにすごいスキルは求めていなくて、普通に受け答えができればいいです。というか、地域の人と笑顔で話せればそれでいいんです。方言がわからなくても笑って「うん、うん」って話せれば、なんの問題もないんです。何かしたいという熱い想いやキャリアアップが目的、もしくはなんとなく楽しそうだからなど、応募する理由は人それぞれあると思うのですが、どれもOKです。何か一つでも自分のなかで軸があれば、そこには学びも成長もついてくると思います。橋本さんも言っていましたが、なんだかんだ言って、実際にその場に来ないとわからないことってあると思うんです。だから、自分が成長してそれが地域のためにもなるなんて、それだけでもいいじゃないですか?それくらいでいいと思うんです。もちろん、何か特別な技能があってそれをここで存分に発揮してくれたら、それはもちろん素直に嬉しいですし大歓迎です。
― 伊藤さん、ありがとうございます。何か言い残したことはありませんか?
伊藤さん :
丸3年経ってもなおマッチングフェアに来てくれる人は、本当にかなり貴重だと言えます。東北はまだまだこれからです。各自がやれることをやるしかないんです。でも本当に人手が足りていないし、ノウハウも足りていません。だからこそ、この右腕プログラムは本当に貴重だし大事だと思います。一人でも多くの方に興味をもっていただけたら嬉しいです。
― 橋本さん、伊藤さん、ありがとうございました。笑顔の絶えない本当に優しいお二人から力強い言葉をたくさんいただいて、こちらが元気をもらってしまいました。また新たに笑顔の素敵な右腕が伊藤さんと巡り会うことを心から楽しみにしています。
聞き手・文:一般社団法人APバンク運営事務局(本稿は一般社団法人APバンク様より寄稿頂きました)
記事提供:みちのく仕事(NPO法人ETIC.)