民間人が地方自治体で成果を出すために必要な7つの心構え[まちづくり釜石流]

イメージ

“アジェンダくん”…。これは私が2年前に釜石市役所で働き始めた頃、会話や資料にカタカナが多いということで頂戴したニックネームです(笑)。現在は、「釜援隊」という地域コーディネート事業や市内企業のUIターン採用支援、デマンド交通導入による地域公共交通の最適化などを担当しています。民間企業出身者が地方自治体で成果を出すためには、乗り越えなければならない3つの壁が存在します。
先日「WORK FOR 東北」の集合研修会があり、東日本大震災で被災した岩手・宮城・福島3県の自治体で働く民間出身者30人が業務上の課題や日頃の悩みを共有しました。被災地課題が住宅再建などのハード事業から、雇用・観光・福祉といったソフト事業にシフトしつつあり、ビジネス感覚を有する専門人材の活躍できるフィールドは拡がっています。また、平成26年9月3日に設置された「まち・ひと・しごと創生本部」では、地方創生に向けて官僚や民間人を地方自治体に派遣する制度が検討されており、都市と地方、あるいは官と民における人材交流は今後ますます進んでいくでしょう。本稿では、コンサルティング会社から被災自治体に転職し、官民連携や外部人材活用を推進する一人の市職員として体験的に大切にしている7つの心構えをお伝えします。

民間出身者が乗り越えるべき3つの壁

1つは「カルチュアの壁」です。議会や予算執行、稟議といった行政機関の行動原理や価値観の多くは民間出身者にとって馴染みのない慣習です。意思決定の煩雑さに違和感を覚えることもあるかもしれません。“そもそも異なっている”という事実を受け入れつつも、新しい価値を生み出していくためにはバランス感覚が必要です。
2つは「スキルの壁」です。実際に働いてみると実感しますが、地方自治体は市民生活に関するありとあらゆる業務を担っており、サービスの対象が人の人生そのものである以上、抱えている課題も多様で複雑です。解のないような問いに向き合い続ける姿勢と様々な人を巻き込みながらチームをつくっていく力が求められます。
3つは「モチベーションの壁」です。思いを持って地方自治体に飛び込んでいっても、カルチュアやスキルの壁にぶつかり、結果を出せずに歯がゆい体験をすることもあるでしょう。私も慣れない環境で自分の役割を見つけることができなくて、冬の東北の寒さに心細さを感じた時期がありました。10円ハゲこそできませんでしたが、なんとなく白髪は増えたような気もします (笑)。
受入側や自身のポジションにもよりますが、民間人が地方自治体で成果を出すためには、この3つの壁を乗り越えなければなりません。

1.つべこべ言わずにイスを並べる

まず「自分一人にできることは限られている」という謙虚さを持つことです。多様なビジネス経験を有していても、地方行政の分野ですぐに成果が出せるとは限りません。むしろ、関係構築ができるまではうまくいかないケースの方が多いでしょう。私は赴任して半年間くらいは、住民説明会の会場でひたすらイスを並べ、駐車場の交通整理を手伝い、書類の封筒詰めをしていました。ややもすると、“このような作業をするためにここに来たのではない”と思ってしまいがちな共同作業がチームメイトとの基礎的な信頼関係をつくります。

2.ちゃんと勉強する

当たり前ですが、ちゃんと勉強することです。担当業務に関する基礎知識に加え、予算形成プロセスや議会の仕組みを頭に入れましょう。総合計画などの自治体経営ビジョンを示す資料も必読です。

3.得意なことをまわりに伝える

環境に少し慣れてきたら、自分の得意なことをまわりに伝えましょう。「○○が得意な人」という “看板”を持つことは仕事を任せてもらうトリガーになります。ちなみに、私の看板は「数値をグラフやチャートにすること」でした。多くの市民の方々から“復旧・復興が進んでいない”“何がどこまで進んでいるのか分からない”という声を頂いていた2013年2月に、各部各課がそれぞれ保有していた数値を集め、20ページのスライド資料にまとめて、まちづくり協議会で配布しました。このスライドは「かまいし復興レポート」として現在月一回ペースで更新され、市の事業進捗を表す公的資料になっています。はじめて市役所で仕事をしたと思える瞬間でした。

4.ネットワークをつくる

仕事の幅を拡げるにはネットワークをつくることです。自分一人が夜中まで働けば解決できる問題と、そうでない問題を切り分ける。基本的に情報価値は等価交換なので、自分から(あるいは自分のチームから)発信していかないと有益な情報は入ってきません。1つのアプローチは、SNSやブログで現地の最新ニュースや普段考えていることを記録していくことです。将来の潜在的パートナーとの関係構築に寄与するだけでなく、書くことで自分の頭が整理されます。私も釜石に赴任してからブログを綴っていますが、ボランティアプログラムの新規開発や、外部人材の採用活動につながっています(この連載コラム「まちづくり釜石流」を書き始めたのもブログが発端です)。

5.地道にPDCAサイクルを回す

新しい事業に取り組むには、関係者間における小さな成功体験の積み上げが必要です。事前にアジェンダを作成し、意味のある会議を行い、議事メモとネクストステップが会議終了後に共有されている状況をつくるといった地道なタスクマネジメントが、部署の垣根を越える梯子になります。先日リクルートキャリア社とのコラボ企画として「Starting Over三陸」という市内事業者の採用活動を支援するウェブサイトをリリースしましたが、複数部署が役割分担・協働しながらアウトプットを出すという庁内連携の観点からも一つの成果になっています。

6.クレーマーにならない

自分の置かれている環境に満足しないなら、環境を変えるか、自分を変えるかのどちらかしか選択肢はありません。ヨソモノ目線を生かして自身の仕事や組織を相対化し、改善案を提示していく姿勢も重要ですが、自分は実施主体であるという意識の方がずっと大切です。評論的に“あーしたほうがいい”“こっちの方が効率的”という発言をすることは誰にでもできますが、その問題解決に関わる意思がなければ単なる言いっぱなしであって、価値はありません。それが「中に入る」ということです。

7.ミッションを立てる

自分が何らかの価値を提供できる事業や領域を見つけたら、振り返らずに走りましょう。なりふり構わず突っ走っていると、どこかのタイミングで、仕事の軸のようなものが見えてきます。私の担当している民間企業との連携事業や外部人材活用は、釜石のオープンシティ化(=まちを開いていく)につながっているのだとピンとくる瞬間がありました。それ以来、自分の役割を明確に話せるようになり、乱高下していたモチベーションも安定したように思います。

連載コラム「まちづくり釜石流」では釜援隊の活動を中心に、企業連携や外部人材活用を推進する釜石の復興プロセスを共有し、人口減少時代のおけるまちづくりの未来を綴ります。

文/石井 重成 釜石市復興推進本部事務局兼総合政策課 係長(官民連携推進担当)