海域、魚種を限定した試験操業
10月8日、福島県相馬市で、試験操業の様子が報道陣に公開された。
震災前に福島県で水揚げされていた魚介類は約200種。東京電力福島第一原子力発電所の事故により、操業の自粛を余儀なくされた。その後、2012年6月に県北部の相双地区でアマダコ、ミズダコ、シライトマキバイ(つぶ貝の一種)の3種から試験操業が始まり、2013年10月には南部のいわき地区でも試験操業を開始。2014年9月の時点で試験操業の対象魚種は51種にまで増えている。
福島県ではこれまでに178種類の魚介類、合計20,559検体について緊急モニタリング検査を行った。その結果、放射性物質濃度の検出には以下のような傾向がみられている。
1. 原発の南側、福島県沖推進50m以浅で濃度が高い魚介類が多い
2. 水深が深くなるほど高い濃度の魚介類が少ない
3. 魚介類の種類によって、濃度が低いものと高いものがある
4. 時間の経過とともに速やかに低下したものがある
5. 濃度が非常に高かった魚種でも、長期的にみれば低下傾向が明確にみられる
こうした知見に基づき、対象海域と魚種を見極めて試験操業が行われている(図1)。漁獲対象となっているのは、世代交代の早いシラス、回遊性の高いカツオ、水深の深いところに生息するキチジ、放射性セシウムを蓄積しにくい甲殻類やタコ、イカ、貝類など。メバル類や沿岸性のカレイ類、ヒラメのような、沿岸に生息したり定着性の強い魚類は対象外となっている。
豊かな漁場と若い漁師を抱える相馬双葉の漁業
福島県の沿岸部は、寒流系の親潮(千島海流)と暖流系の黒潮(日本海流)がぶつかる「潮目(しおめ)の海」と呼ばれる。多くのプランクトンが発生し、それを餌とする小魚が集まる。さらにその小魚を追って大きな魚が集まる、恵まれた漁場なのだ。
相馬双葉地区では震災前、「底引き網」「船びき網」「さし網」「かご」などの漁法で獲った、ヒラメ、カレイ類、タコ類、シラス、コウナゴなどが水揚げされていた。現在は試験操業中のため、水揚げ対象魚種は限られ、また曜日や時間を制限して操業している。
水揚げの始まった相馬市の松川浦漁港に着くと、仲買人たちが水揚げされたばかりの魚介類を手際よく仕分け、計量し、発砲スチロールの箱につめていた。試験操業、つまり本格稼働ではないという響きから想像していたのとは全く異なる、活気のある光景だ。
岸壁では、ヤナギダコ、ミズダコ、アンコウなどが詰まった樽が次々と水揚げされている。その中に、ひときわ若い漁師の乗っている船があった。相馬双葉漁協代表理事組合長の佐藤弘行さんが所有する底引き網漁船だ。24歳になる佐藤さんの息子は、震災翌年に消防士の仕事を辞めて船に乗り始めた。震災後、相双地区で漁師になった若者は底引き網だけでも10人以上いるという。
全国的には高齢化や後継者不足が課題となっている漁業だが、福島の漁師の年齢は若い(図2)。中でも、松川浦漁港の漁師の平均年齢は、佐藤さんによれば「40いかないんじゃないか」というから驚きだ。
相馬の漁師は腕さえよければ若くても年収が1,000万円を超えることもあり、子どもたちの憧れの職業だった。「潮目の海」で獲れる海産物は「常磐もの」と呼ばれ、首都圏などの市場で高い評価を得ていたからだ。
豊かな漁場と若い後継者に恵まれ、明るい将来があったはずの海は、震災と原発事故によって一変した。操業できる海域や魚種は限られ、また、放射性物質の影響を懸念して消費者の需要は激減した。さらに現場では、漁師以上に仲買人の減少が激しく、このままでは獲ることはできても流通経路が細ってしまうという懸念も抱えているという。
だが、相馬双葉漁協本所部長の遠藤和則さんは「豊かだった海を取り戻そうという意識はない」という。「そうではなくて、今はこのあるがままの海の状況でベストを尽くそうと思っています。漁業関係者の間でも『昔は良かった』とかそういう話をすることはありません。今の状況に合わせて前を向き、着実にやっていくべきです」。
「間違っても基準値を超える魚を出荷しない」漁師の誇りで厳しい基準値を設定
試験操業によって水揚げした魚介類の安全性を確保するため、県漁連では相馬双葉地区に6台、いわき地区に4台の検査機を持ち、スクリーニング検査を行っている。
国の出荷基準値は100Bq/kgだが、県漁連では自主的に50Bq/kgを基準としている。これは、間違っても100Bq/kgを超える魚を出荷しないためだという。ひとたび国の基準値を超える商品が出回ってしまえば、市場の信頼を失い、福島の漁業全体にとってマイナスとなる。実際に、一時は試験操業の対象種となっていたアカガレイは、自主基準値の50Bq/kgを越えたため現在は出荷を自粛している。
震災前の福島県の水揚量は38,657トン(2010年)。2013年は3,461トンと、10分の1にまで減少している。震災前に全国有数の水揚げを誇ったヒラメ、カレイ類を獲る漁法の一種「さし網漁業」は、水深120m以浅で行われるため操業ができていない。
今後もモニタリング検査により安全性が確認されたものを対象に、流通体制も含めて慎重に検討しながら魚種を拡大していく予定だ。
原発事故という自らの力でコントロールできない要因によって引き起こされた課題に立ち向かう漁師たち。彼らは異口同音に、淡々と、だがはっきりと言う。「やるしかない」と。
相馬市の松川浦漁港では、2015年の完成を目指して、市場、仲買施設、漁具倉庫などの施設が建設中だ。本操業再開を目指して、漁業関係者たちの挑戦は続いている。