飲料大手キリングループの「復興応援・キリン絆プロジェクト」の一環として、全国的な課題となっている農業の担い手やリーダーを育成する目的で実施されている「東北復興・農業トレーニングセンタープロジェクト」の中間報告が7日、東京都内のキリン本社で行われ、バラエティに富んだ数々のプロジェクトが「成果」と「課題」を共有する熱気と一体感に包まれた。
このプロジェクトは、新しい試みに意欲的な東北の農業経営者で構成する「農業経営者リーダーズネットワーク」と、市民大学「丸の内朝大学」(東京)に通うメンバーから選抜された「農業復興プロデューサー」が連携し、両者の専門的知見やノウハウをマッチングさせることで新商品の開発や販路の拡大といった課題解決にアプローチしようという取り組みだ。
今年も昨年に続き、2期目のプロジェクトが始動しており、今回の中間報告では第1期のプロジェクトを含む計29の企画案について進捗状況が発表された。
コトづくりと異業種コラボ、モデル出身農家の「Cool Agri」
リンゴや桃などの果実栽培を行っている福島県石川町の「大野農園」では、モデルから転身した異色の経歴を持つ31歳の若手社長、大野栄峰(よしたか)さんが「Cool Agri」(カッコいい農業)を旗印に原発事故による風評被害や先細りする農業の厳しい現状に立ち向かっている。大野さんの両親が経営していた果樹園は、福島第一原発から65㎞以上離れた場所にあるにも関わらず風評被害で大きなダメージを受けていたという。大野さんは震災当時、東京を拠点に芸能活動に奔走しており、「農業はかっこ悪いイメージで、農家になりたいと思ったことは一度もなかった」が、苦境に立たされた両親や故郷への思いが湧き上がり、翌2012年に農業という未知の世界に足を踏み入れた。
「農業や農家のイメージを変えたい」と力一杯に語る大野さんは、「モノづくりからコトづくりへ、そして異業種とのコラボレーション」をテーマに据える。
それを具現化させた事例の1つが、「農園花見」だ。大野さんは「おいしいものを食べてもらうために消費者と接する機会を増やそうと思い、企画やロケーションを売ることはできないか考えた」と当時の狙いを振り返る。農園一面に広がるリンゴや桃、梨などを〝桜〟に見立て、「果物を見ながら『福島牛』の食べ放題」(大野さん)をするという贅沢な企画だ。さらに、農園の果物を使用した「スイーツピザ」も考案し、各地のイベント会場などへピザを搭載したキッチンカーを走らせている。
このほかにも、サッカーJ3所属の地元サッカーチーム「福島ユナイテッドFC」とのタイアップ企画や、飲料メーカーなどとの加工品の共同開発など異業種との連携も精力的に進めている。
丸の内朝大学のプロデューサー役のメンバーも、「コトづくりと、異業種とのコラボレーションのアプローチで新たな価値を生み、収益を上げること目指している。今後は周辺の農園にも横展開し、ノウハウや情報を共有しながら相互連携型のイベントを盛り上げていきたい」と期待を膨らませた。
〝ビールに合うおつまみ野菜〟「遠野パドロン」に大きな反響
一方、第1期プロジェクトの中で最も成果を挙げている事例の1つが、岩手県遠野市のアサヒ農園が進めている「遠野パドロン」プロジェクトといっていいだろう。
農園を仕切る吉田敦史さんは同プロジェクトを進める中で、スペインの食卓で重宝されている野菜「パドロン」に着目した。もともと遠野地域はビールの原料であるポップの生産地として知られることから、日本ではほとんど生産されていないという「パドロン」を「ビールに合う新・おつまみ野菜」として売り出そうと考えたのだ。
今年7月には、キリングループが運営するビアレストラン「キリンシティ」全39店での販売に漕ぎ着け、話題を集めた。吉田さんは、「今までは絶対にできなかったお店側とその向こう側にいるお客様の視点に立った提案を(キリン側に)行った」ことが実現の決め手になったと指摘したうえで、9月までの約2カ月間の売れ行きも「枝豆を1000オーダー以上上回った」と大きな反響に手応えを見せた。「遠野パドロン」の売上げは年間を通して大きく伸びているといい、現在は加工品の開発にも着手している。
そんな吉田さんが目指すプロジェクトの将来像は、「遠野パドロン」による農業の活性化とまちづくりだ。現在、市内で「パドロン」の新規就農を呼びかけているほか、「関係各所と協力して『まちづくり』の協議会を立ち上げ、生産や販売、観光などが一枚岩になった『まちづくり』を進めたい」と意欲を燃やしている。
東北は震災後も農家の高齢化や担い手不足が深刻で、さらには原発事故による風評被害で苦しい経営を強いられている。こうした逆境を跳ね返すには、新たな商品開発や販路開拓を進めるなどして「儲かる」農業へ脱皮することが求められる。
「大野農園」や「遠野パドロン」のプロジェクトは、そうした意欲に燃える農家と外部のプロデューサーがタッグを組み、さらには地域や企業、行政などとも連携して新たなうねりを巻き起こしている好例といえそうだ。
課題は資金調達、来年3月に最終プレゼンへ
ただ、今回の中間報告では課題も浮き彫りになった。多くのプロジェクトは従来にはなかった斬新なアイデアが凝縮されている印象がある一方で、財源確保や資金調達の計画が抜け落ちているケースが目立った。同プロジェクト運営委員で有限会社マイティー千葉重の千葉大貴代表は、「思いをかたちにしていくためには数字の設定が必要だ」と課題を挙げ、「来年3月の最終プレゼンに向けて、最後の一番難しいところを乗り越えてほしい」と奮起を促す。
キリングループはこの「東北復興・農業トレーニングセンタープロジェクト」に象徴されるように、今後も商品開発や販路開拓などを通じた地域ブランドの育成や、農家の担い手やリーダーの育成に焦点を当てた支援を続けていく計画だ。プロジェクトの発表に熱心に耳を傾けていたキリンの橋本誠一・常務取締役CSV本部長も、「協力できることを探して一緒にやっていきたい」と力強く語っている。
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