[ 宮城県南三陸町 ] 生産現場と消費者がつながる、 新しい林業のかたち

地域資源を活用して産業振興を。東北のみならず全国の地域が、地方創生のかけ声のもとでその具体策に取り組んでいる。町の面積の77%を森林が占める宮城県南三陸町では、森林資源を活用した取り組みを通じて、山・里・海、そして生産現場と消費者をつなげる新たな取り組みが進められている。

町内グループで国際認証獲得へ

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株式会社佐久 の佐藤太一さん。 山で育ち大の自然好き、大学では物理学で博士号を取得した

「僕は無邪気な若者ばか者です」。そう話す1人の若手林業家が、南三陸町で林業の発展へ向けて奮闘している。町内で270ヘクタールの森林を経営する株式会社佐久の佐藤太一さんは、大学で物理学を学び博士号を取得した後、2012年に南三陸町へ帰郷。同社の森林経営計画の刷新に取り組み、新規に2名の技術者を雇用するなど攻めの林業で再スタートを切った。

しかし、木材需要の低迷や輸入材との競争など林業経営を取り巻く環境は優しいものではない。南三陸町内でも、収益を見込めない等の理由で未活用の森林が多いのが現状だ。佐藤さんは「木材生産だけに頼らない持続可能な産業モデルを確立する必要がある」と、自社の経営再建に加え、町の森林資源の付加価値創造へ向けた手をうち始めた。

その1つが、森林管理に関する国際認証FSCの取得へ向けた取り組みだ。環境や社会に配慮した、持続可能な林業経営を行うことは未来へ向けた責任であり、またそれを外部に発信することは、南三陸材の競争力を高めることになる。その必要性を町内関係者へ力説した「無邪気な若者」の働きもあり、現在南三陸町では、森林組合を管理者とした町内3つの民間事業者による森林管理のグループ認証(FM認証)、および製材所や工務店による加工・流通の認証(CoC認証)の取得申請が進んでいる。順調にいけば今年の夏には認証取得の予定。これを皮切りに町有林を含む町内の他の森林にこの動きを広めていきたい考えだ。

林業・農業・漁業が1つにつながる

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南三陸町観光協会の「まちのなか大学」で行った間伐体験プログラム

付加価値の高い新しい林業のためには、生産現場の改善だけでは足りない。そう考えた佐藤さんらは、並行して消費者とのコミュニケーション改善にも努めている。「離れてしまっている川上(生産現場)川中(大工や工務店)川下(消費者)を、林業者たちも積極的に情報発信することで、つなげていく。プロダクトだけでなくストーリーを届けることが、南三陸の町や木のファンづくりとなる」。

具体的な取り組みのひとつが、間伐体験などを取り入れたツアーの実施だ。観光協会や企業とも連携し、選木のポイントなどを学びながら、自らの手でノコギリを持って木を切る3時間のプログラムなどを開発した。ツアー実施には思わぬ副産物もあった。同じく体験プログラムを提供する漁業や農業との連携が生まれていったのだ。「この町の特徴は、分水嶺に囲まれた中に山・里・海があることです。町を訪れる人には、林業の現場である山はもちろんですが、その全てに触れて欲しい」と佐藤さん。消費者と向き合うことにより、南三陸らしさや魅力を深めていくのだ。

情報発信の非営利プラットフォーム

情報発信を通じて、町や山の再生に取り組んでいるのは、佐藤さんだけではない。製材業を営む丸平木材株式会社の小野寺邦夫さんもその1人だ。同社は震災で工場が流されながらも、1年後には工場を新設して営業を再開。「単なる木材料を行うだけなら大きなリスクや負債を背負ってまで創業しなかった」と話す小野寺さんは、「木の力を伝える」ことを第二創業のコンセプトにかかげた。見学会等において消費者とのコミュニケーションを強化し、木そのものの価値を伝えている。「木は単なるマテリアルではありません。大自然に生きる命であり、歴史的にも人々の暮らしを精神的にも物質的にも豊かにするかけがえのないもの。それを伝えることが、私たちの使命です」。

本業のかたわら、思いを共有する他の人たちとの連携プラットフォームとして、一般社団法人山さございんを立ち上げた。他一次産業や教育、芸術や文化など様々なプレイヤーと連携しながら、ツアーやイベント、プロダクトなどを生み出していく母体となる。「木の力を信じる私たちの思いを、”安く大量に”を求める市場に理解してもらうことは簡単ではありません。林業に限らず、医学や科学などを含めた他業種とも横断的に連携した情報発信が必要です」とその目的を話す。既に「流域ウォーク」などいくつものプログラム開発が進められており、今後も地域内外のプレイヤーの参画を期待している。

山さございん設立の思いを、小野寺さんはこう話す。「一番怖い風化は、外の人ではなく、地域の中での風化です。あのとき感じた、生きている実感、人とのつながりの大切さ、自然の恵みと脅威。生き残った私たちだからこそ語れる、本当の豊かさや価値観がある。それらを風化させず外に発信する事で、新しいつながりや価値を生んでいきたい」。佐藤さん、小野寺さんらの取り組みは、産業振興を超え、豊かな生活や地域とは何かを私たちに投げかけてくれる。