母親の初盆でトオロギを揚げた阿部泰久(よしひさ)さんは「新しい仏さんがこれを目当てにお盆に遊びに来るんだ。迷わないための目印だね。他のところに行ったら困るから」と説明してくれた。百年ほど前に柳田国男が著した遠野物語にも「盂蘭(うら)盆に新しき仏ある家は紅白の旗を高く揚げて魂を招く風あり」と書いてある。紅いトオロギは今でも見られるが、亡くなった人が女性の時に揚げることが多いそうだ。
トオロギの風習が最も色濃く残っている附馬牛(つきもうし)地区では、お盆の最後の日に鹿(しし)踊りが町内をねり歩く。異形の面をかぶった男たちがドロノキ(柳の仲間)を薄く削った白いたてがみを風になびかせて勇壮に舞う。鹿踊りの一行はトオロギを揚げている家に立ち寄り庭先で「位牌誉(いはいぼ)め」という独特の踊りを奉納する。迎える家では縁側に亡き家族の遺影と位牌を置き踊りを見守る。踊り手は途中で位牌に焼香し手をあわせる。亡き人の魂は故郷の人々が舞う懐かしい踊りに送られる。
魂は何処へ行くのか。遠野では早池峰(はやちね)をはじめとするまわりの山へ帰って行くと信じられてきた。柳田も遠野物語にこう記している「常の日も故郷の山々の上から、次の代の住民の幸福をじっと見守って居ることが出来たやうに乃(すなわ)ち霊はいつまでもこの愛する郷土を離れてしまふことが出来なかったのである」。
沿岸の人々の魂も同じであろう。あの世などという遠いところではなく、きっと故郷にとどまって家族や友人たちを見守っている。
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