教育委員会主導で推進力を発揮
いわき市は現在、工業品出荷額において東北市町村1位を誇っている。しかし産業全体が減速していることは否めず、また少子高齢化の問題もある。「まちづくりは人づくり」と考えるいわき市教育委員会は、いわきの問題解決を図るのは人であり、その根幹である教育を革新することで地域にイノベーションを起こしたいと考える。
とはいえ、従来の学校のカリキュラムや教員だけの力では創造的復興教育を進めることは難しい。推進するうえで、いわき市は2つの工夫を講じている。
ひとつは、教育委員会がイニシアティブを握ること。学校教育の枠を外れる部分もあり、学校の教員に全ての実践を委ねることはできない。例えば「生徒会長サミット」に参加する生徒会長たちはこれまで長崎や韓国に遠征しているが、その主体は教育委員会が担っている。負担をかけないよう工夫しながら、学校側の理解を得るように注力しているという。
二つ目は、解を与えず、子どもたち自身に決めさせること。例えば今いわき市の生徒たちは、2014年にパリで行われる東北PRイベントの準備をしている。「OECD本部の庭に東北地方の形で桜の木を植えたい」といったアイデアが出てくる。達成には困難が予想されるとしても、あえて口出しはしない。「やりたいこと」と「現実」の狭間に立つことが成長の一歩だと考えているからだ。
「突拍子もないことを考える。壁にぶつかる。嫌な思いもたくさんあるけど、いいこともある。それを体感してもらうことで、復興に必要な”開拓する心“が醸成されるのでは」(佐川さん)
被災者から挑戦者へ 真の復興人材の育成を
教育委員会は、現在行っている創造的復興教育を「伝統にしたい」と考えている。教育は一度形になると、後世まで引き継がれるからだ。しかし、通常の公教育の予算で行うことはできず、別途の資金調達が必要となる。
例えばいわき市は、現在新たな教育施設を作ろうとしている。経営者や消費者体験、生活設計などの教育を行う施設で、社会のしくみや経済の働きを理解し、自らの意思で将来設計をする資質を育むことが目的だ。しかし自治体の予算ではまかなえず、建設費用にはカタールからの復興基金「カタールフレンド基金」を活用し、公益社団法人ジュニアアチーブメント日本が建設し、無償でいわき市に譲渡される。
また建設費用は同基金からまかなわれるものの運用には別途資金が必要となる。新たな教育手法を「伝統」にするには継続的な運用が不可欠だが、再び資金面での壁が立ちはだかる。
しかしいわき市は、今後の教育は学校教育で完結するものではないと考える。ベースとなる学校教育に、民間企業やNPOなどによる教育プログラムがアドオンされる。そのパイプを教育委員会が担うという新たな教育体系を作りたいと考えている。
「教育の形を変えることで、いわき市の学生を”被災者“から”挑戦者“にしたい。彼らの成長がいわき市の成長を支えるはずですから」(佐川さん)
生徒会長サミットは、「OECD東北スクール」と連携して3年間のプロジェクトラーニングを始めた。「2014年にパリで、東北と日本をアピールするためのイベントを企画・実施する」というミッションの実行を通じて、イニシアティブやリーダーシップを育んでいく。彼らの中に芽生えた復興人材としての使命感が、ゴーストタウン化した「フクシマ」ではなく、日本の未来を担う「福島」の創造と発信につながると信じたい。
「創造的復興教育」とは
文部科学省で「創造的復興教育」を推進する生涯学習政策局の南郷市兵さんに、その内容や狙いについて伺いました。
Q:創造的復興教育とは何ですか
学校と大学やNPO等による恊働型の教育、また予測困難な社会情勢のなかで自ら学び考え実行する力を養う教育などを、文部科学省は「創造的復興教育」と名付けています。被災地の復興に必要な「生き抜く力」を育み、地域に新たな動きを生み出すことを目的としており、従来の目的や手法、カリキュラムにとらわれないクリエイティブな教育実践です。
Q:なぜ必要なのですか
震災直後、被災地の教育現場の方が「何もなくなった」とおっしゃいました。建物や町並みなどの物理的なものだけでなく、現在の延長線上にあった「未来」も見えづらくなったいま、必要なのは真の「生き抜く力」だと感じています。生き抜く力とは、困難を乗り越え未来を切り拓く力、地域にイノベーションを起こす力、自ら考え行動する力などを指しますが、従来の学校教育の方法に縛られず、様々な資源を活用して取り組むことが求められます。それを創造的復興教育として推進し、新たな教育モデルを見いだしていけたらと考えています。実はこうした教育は、少子高齢化や成長の曲がり角にさしかかった日本全体で今後求められるものです。
Q:どんな取組みがありますか
海外の劇団と2日間で英語による歌とダンスの舞台を創り上げるワークショップを通じて、自己表現する力や国際社会への関心を高める「ヤングアメリカンズ」、中学生リーダーが集まり復興や町づくりについて熟議し実践する「全国生徒会サミット」、プロジェクトを通じてグローバルな視点やリーダーシップを育む「OECD東北スクール」などが挙げられます。いずれの活動も、教室で教科書で学ぶ「受動的で静的な教育」ではなく、実践的な活動を通して学ぶ「能動的で創造的な学習」となっています。
Q:手応えはどうでしょう
子どもたちに「復興の役に立ちたい」という気持ちにはものすごいものがあります。故郷という愛すべきものが損なわれたいま、「取り戻したい」という気持ちが子どもたちの学ぶ原動力となっています。この意欲が先生たちのやる気を引き出し、大人をも引っ張っています。震災直後の子どもたちのボランティア活動等での活躍を、一過性のものではなく、被災地復興の原動力に変えて行くことが必要です。今各地で行われている取り組みを見ていると、参加者全員が真剣です。一過性のものに終わらず、子どもたちが復興を担うリーダーとなり、東北は必ず持続可能な創造的な地域として復興すると感じています。
執筆:齋藤麻紀子
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