丁寧な加工とデータ開示で顧客開拓
福島第一原発事故の影響で、近海漁業の自粛を続けるいわき市。稼働する2港でカツオなど遠海域の魚を水揚げするも、風評被害もあり、昨年の築地での買取価格はハコ代にも満たなかった。昨年の漁獲高も2010年に比べ15%程度に留まっている。漁業のみならず加工・販売事業者も含めた水産業全体の再生が同市の課題だが、その一歩となる動きが見られ始めた。75年ものあいだ蒲鉾などの加工・卸を営んでいた金成食品工業は、加工場が津波で全壊。費用等の問題で再建は断念したが、加工ノウハウを活かし、長男が経営する「カナリ・シーフーズ」で再スタートを切った。その象徴が、2011年秋に小名浜港そばの複合施設にオープンした、一般向け店舗だ。
消費者向けの商品開発も始めた。ヒットしたのが、魚を西京味噌や塩麹で漬け込んだ加工品だ。素材は他県からの仕入に頼らざるを得ないが、たとえばイカの塩辛は2ヶ月も熟成させるなど、長期間船に乗る漁師町ならではの加工と手間を施した。
「丁寧につくったものは、どんな講釈よりも人を惹き付けると実感した」(カナリ・シーフーズ 専務取締役・金成俊明さん)。
金成さんが胸を張る自信作は、全国水産加工品総合品質審査会で「会長賞」「頑張ろう日本賞」を受賞。販売形態も物産展や自社店舗での直販に切替えたため価格も安定し、利益率も上がった。あとは地元の生鮮品が扱えるのを待つばかりだ。
福島県漁連も新たな動きをスタートした。福島県の漁業再生を目的に組織された「福島県地域漁業復興協議会」のメンバーである流通事業者イオンへの直接販売だ。
そもそもいわき市では、放射能検査に市場、大学など、複数のチェック体制を設けていた。加えて回遊魚のカツオやサンマには放射性物質が蓄積しづらいことにイオンが着目。適切な情報提供に加え「国よりも厳しい」イオンの検査基準をクリアしたため、2012年は他漁港と遜色ない価格で買い取ってもらえた。
またイオンの協力により、小名浜港で水揚げされたカツオを使ったレトルト食品も開発した。加工工程を地元事業者に委託することで、水産業全体の底上げを図っている。
漁連では、缶詰の独自開発及び販売も始めた。一般消費者向けの商品開発ははじめてだが、既に1ヶ月で1万件程度の注文が入ったという。
「魚の安全性をどれだけうたっても、すべての方にご理解いただくのは難しかった。でも美味しいものと必要なデータを提供すれば、正しく判断いただける層がいることも分かった」(参事・鈴木哲二さん)。
缶詰は3個入と9個入があり、3個入だと税込420円。通販で購入すると郵送料の方が高くなるが、「いいものなら欲しい」という購入者は多い。食の安全に対する、消費者や流通事業者の認識差は大きいが、地道な努力の先に、同市の漁業再生の道がつながっているに違いない。
文/齋藤麻紀子
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