「福島に桃源郷あり」。写真家・秋山庄太郎がそう称し、20年に渡って通い続けた花見山。
4月上旬の週末。福島駅から出ている臨時バスは人であふれていて、降車場から花見山までの道程にも絶えず大勢の人の姿が目に入る。地元の園芸農家が育てている色とりどりの花を味わいつつ、豊かな桜色をパッチワークした絨毯のような花見山を目指して歩いた。市街から4.5キロメートル程度の距離にもかかわらず、眼下には、菜の花やチューリップの蕾など、青々とした畑が広がる。空は高く青く、そして濃い。ところどころに土筆も見える。
花見山公園が開放されるのは2年ぶりのこと。震災前は、毎年30万人以上の人が訪れていたが、震災後の原発事故で来園者数が大幅に減ったことや畑の手入れが必要になったことから、園主の阿部一郎さんは休園を決断。2年を経て、「花が、福島の人たちの負けずに立ち上がる活力になれば」と再び開園した。
帽子をかぶり、杖を突きながら、笑顔で歩いて行く女性の二人連れ。真剣な眼差しで花にカメラを向ける男性。花を背景に記念写真をお願いする老夫婦。黄色いウィンドブレーカーを来た市民ボランティアスタッフが、旗を片手に花の見どころを案内する。この日、シデコブシ、トウカイザクラ、レンギョウ、おかめ桜、ヒョウガミズキ、トサミズキが満開。ハナモモ、ソメイヨシノ、頂上のTOKIO桜は五分咲きだった。
「うちはうちの畑を皆様に開放しているだけですから。ここから見える景色は地元の農家さんの畑でもあります」と阿部さんは話した。ここから見える景色一体が、地元の園芸農家の畑全体が、花見山。
阿部さんは、大正8年生まれの93歳。少ししゃがれた、でも力強い声音で、自身の思いをよどみなく言葉にする。作業の合間を割り込むようにいただいた時間にも関わらず、グレーの襟付きの背広をしゃんと着て対応してくれた。折々見せる笑顔に引きこまれる。その姿を誌面にと、本人の写真撮影をとお願いすると、やんわりと断られた。
「私みたいな一介の農業者の顔を撮るより、桜を見てもらったほうが良いでしょう」と目を細めて笑った。
写真・文=岐部淳一郎
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