地域の大半が警戒区域・計画的避難区域に指定されている福島県双葉郡。生活再建に向けて今なお大きな困難を抱えるなか、8町村が協議を重ねて「教育復興ビジョン」を取りまとめた。ビジョン策定の背景にある思い、そしてビジョンに託す地域の未来像を大熊町教育委員会教育長の武内敏英さんに伺った。
福島県双葉郡双葉地区教育長会は2013年7月31日、「福島県双葉郡教育復興ビジョン」を策定し、下村博文文部科学相に提出した。原発事故の影響で、今なお厳しい状況にある双葉郡の子供たちのため、同教育長会は郡内8町村の教育長に加え、福島大学、文科省、復興庁などから委員を招き、2012年12月から「福島県双葉郡教育復興に関する協議会」を開催し、郡ならではの復興教育のあり方について、中長期的視点から協議を重ねてきた。
ビジョンのねらいは、双葉郡の復興や持続可能な地域づくりに貢献し、全国、世界で活躍できる人材を育成すること。子供たちの実践的な学びで地域を活性化し、復興につなげることを目指している。具体的方策としては、(1)中高一貫校の設置など、一貫した価値観の目標やカリキュラムによる教育、(2)大学、企業、NPOなど、多様な主体との連携による教育の充実、(3)避難している子供たちや住民との絆づくりという3本柱を掲げ、全国のモデルとなり得る非常に先進的な内容だ。
子供たちに第3のオプションを
――今回のビジョン策定に至った経緯をお聞かせください。
双葉郡の8町村では、それぞれの避難先で学校を立ち上げる努力をしてきました。しかし、学校を再開しても子供は思ったほど戻ってきてくれません。郡内の小中学校に通うのは、現在双葉郡全体の子どもの1割に過ぎず、いち早く立ち上げた大熊町でも戻ってきた子供は約半分です。残る9割は他地域にいますが、その子どもたちに選択肢を増やしてあげたい。郡内各町村の学校に戻ってきてもいいし、区域外の学校でもいい。さらに第3のオプションとして、双葉郡の新たな学校をつくりたいと考えました。8町村それぞれの努力は大切ですが、このままでは先細りになってしまう。双葉郡全体で子供の教育を守っていこうと考えたのです。
そこで「福島県双葉郡教育復興に関する協議会」を設置し、2012年12月に初会合を開催。以来7カ月あまりで、協議会だけでも8回、その他にワーキンググループを11回開きました。協議会設立当初、8町村の避難状況や置かれた立場はまちまちで、郡全体の教育という視点がなかなか共有できませんでした。それでも、目先のことばかりではなく、未来を見据えた子供たちの教育を考えるなかで8人の教育長の思いが徐々に重なり、ようやくビジョン完成までこぎ着けたところです。
ふるさと科とアクティブラーニング
――非常に先進的なビジョンですね。背景にはどのような思いが込められているのでしょうか。
これから求められるのは、モノやお金だけを重視するのではなく、人のいのちや心、一人ひとりの人間性を大切にする価値観への転換です。入試ばかりに重きが置かれる教育観の転換も欠かせません。今の子供たちは、人格形成に大事な思春期を入試で忙殺されています。そこで新たな中高一貫校の設置をビジョンに盛り込みました。6年間を通して友だちと語り合い、いい教師や教材に巡り会い、卒業後の生き方をゆったりと考えてほしいからです。
ここで大切にしたい教育内容の1つが、地域という地に足の着いた視点です。大勢の子供たちが避難を余儀なくされているからこそ、双葉郡出身というアイデンティティを失わないでいてほしい。ある大学の先生から、そのために必要なのは祭りとお墓だと伺いました。年に1回でも、全国に散った仲間が祭りのために集って旧交を温める。あるいはお墓参りを通してご先祖とのつながりを実感できる。郡内の学校ではすでにふるさとの視点を取り入れていますが、今回のビジョンではさらに一歩踏み込んで「ふるさと科」を創設し、祭りの練習をカリキュラムに組み込むことなどを想定しています。
――企業やNPOなどの多様な主体との連携した教育をうたっています。
大熊町教育委員会としては、すでに今年1月に会津大学と教育連携に関する協定を結んでいます。その一貫で会津大の学生さんに小中学校に来てもらうことがあるんですが、学生さんはすごい力を持っています。「あのお兄さんみたいな大学生になりたい」と熱心に勉強を始める子供もいるほどです。ある意味で親や教師よりも教育力を持っているのです。
企業との連携についても、大熊町では企業の社員による出張授業を取り入れています。得意分野を持つ専門性の高い人材を派遣してくれるので、子供たちは目を輝かせて勉強しています。大学や企業との連携は、双葉郡としての教育にもぜひ取り入れていくつもりです。
こうした新しい取り組みを始めると教員の姿勢も変わります。何でも先に教えてしまうのではなく、まず子供たちの課題意識を高めようとする教師が出てきています。そこで多少時間がかかっても、意識づけができた子供は、どんどん主体的に学べるようになるのです。
自ら課題を見つけて解決策を考えられる子供を育てるため、新たなカリキュラムは「課題解決型学習(アクティブラーニング)」という考え方で進めたいと思っています。地域の課題や復興についてもこの手法で学び、実際の復興に生かしてほしい。祭りや再会の集いの企画・運営も、地域内外とつながる実践的な学びの場となるでしょう。教師ではなく生徒が主体となる教育をつくっていきたいですね。
文・小島和子
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