農林水産省の調査によると、震災の被害にあった東北の農家の営農再開率は、2012年度および2013年度それぞれの数値は岩手県で95%→97%、宮城県で54%→65%、福島県で56%→59%。県による差は大きいがいずれも上昇傾向にはある。営農を再開できない理由は、岩手県、宮城県の多くの農家が「耕地や施設が使用できない」ことを挙げたのに対し、福島県では96.2%もの農家が、「原発事故の影響」と回答した。
そのような状況下で始まったのが「東北復興・農業トレーニングセンタープロジェクト」。東北の農業経営者と東京の復興プロデューサーが、座学やフィールドワークなどを通じて相互に連携。新しい農業ビジネスの創出や、復興と活性化を目指す。キリングループが行う「復興応援キリン絆プロジェクト」の一環として実施されている。
ここに集ったのは、いずれも従来型の農業から一線を画した新たな打ち手に挑戦している東北の農業経営者たち。今回その中から4人を取材し、それぞれが描く新しい農業のカタチについて話を聞いた。
「付加価値」 モノだけでなくコト(体験)を売る農家民宿事業
大人の食育始めています
福島県須賀川市 阿部農縁 寺山佐智子さん
看護師だった寺山さんが、実家の農家を継いだのは6年前。以来、農作物の生産に加え、加工品の販売やネット販売を取り込み、順調に農園を拡大してきた。しかし、東日本大震災で売上げが低迷。再び農作物を購入してもらうには、まずは、福島の現状を知ってもらうことが大切だと考えた。その思いから、昨年に農家民宿をスタートした。
農家民宿では、宿泊や農業体験だけでなく調理実習も体験できる。寺山さんのお母様でもある民宿の料理担当、寺山正子さんから教わるおふくろの味や食の知識は、ここでしか味わえない経験だ。さらに、元看護師の寺山さんによる健康診断、生活指導、ストレスカウンセリングまで受けられる。農業に加え食を伝え、命の大切さを学ぶプログラムになっている。
寺山さんは言う。「販売のため出向いた東京のOLさんたちは、忙しくてコンビニや外食ばかりだと言っていました。都会の人が一番栄養不足なのかもしれないな、と感じたんです。これからお母さんになる彼女たちに本来の食事の大切さを伝えたい。だから、今後は「体験」に力を入れた農園経営をやりたいのです。」
現在ネットを介し集客も増えてきてはいるが、まだまだ民宿だけで収益をあげるのは難しい状況。そこで寺山さんは、「須賀川を元気にする会」という協議会を発足させた。阿部農縁を含め須賀川にある4つの農家や牧場が連携し、農業体験や農村での滞在、加工品づくりなどの「体験」を提供する、新しいコミュニティスペースを創る予定だ。
人の縁を大切にしたいという思いから「阿部農縁」と名付けた寺山さん。農業はモノを売るだけでなく、わくわくを届ける。
人の縁がつなぐ「体験」という付加価値をつけた農業は、一つの新しい農業のカタチなのかもしれない。
「商品開発」 ニーズ起点の生産で販路を拡大
「パドロン」が拡げてくれた
岩手県遠野市 遠野アサヒ農園 吉田敦史さん
遠野アサヒ農園の吉田さんが広告会社の営業マンを辞め、遠野に移住してきたのは5年前。一から農業を学び野菜作りを開始し、就農4年目からは総菜加工販売を始め、カフェも開店した。高級レストランやホテルへの出荷も年々増えている。
順風満帆に見える吉田さんも、最初の2年は作って売るだけで精一杯の毎日だったそう。「東京で培った自分の営業力を生かせば成功するとそう考えていたけど、甘かったですね。農家の生活は驚くほど忙しく、営業する時間なんて全くありませんでした」。
3年目、大きな転換を図る。農協への出荷をやめ、産直販売に切り替え多品目少量生産をとりながら、消費者目線で商品開発を進めることにしたのだ。出荷を伸ばすきっかけになったのは、飲食店をまわる中で名前を耳にした「パドロン」。スペインのししとうであり、日本の枝豆と同じような定番おつまみに使われるものだ。ニーズを確信した吉田さんは、テスト栽培に踏み切りスペイン料理店への営業を開始。契約締結率は100%だったと言う。
これを皮切りに営業は加速。スペイン料理でなくともビールを出す飲食店であれば、需要があると予測し営業範囲を拡げると、和食、居酒屋、イタリアン、と、取引先は増えていったと言う。また1つの取引先における取扱い商品種類も拡大。今では、50軒前後の飲食店に対してパドロンを含む数種類の野菜をおろしている。
顧客ニーズにあわせて競争力のある商品を生産。そこでできた関係から取引を拡げて行く。営業と生産をセットにした好事例が、遠野にある。
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