地域通貨が楽しくつなげる次世代のコミュニティづくり
新宿から1時間少々で到着した藤野駅を降りると、緑濃いのどかな風景が広がる。旧藤野町(現相模原市緑区)は人口1万人ほどの山間エリアで、2008年までに10校あった小学校が3校になるなど、過疎化が進んでいた。しかし近年、多方面からその名前が聞かれるようになった。太陽光・水力発電に取り組む「藤野電力」や、通帳型の地域通貨「よろづ屋」。そしてこれらの活動の基であり、地域コミュニティの一つの核になっているのが、2009年に生まれた「トランジション・タウン藤野」だ。東北で今後ますます重要になる、無理のない持続可能なまちづくりへのヒントを探しに訪ねた。
持続可能なまちづくりトランジション・タウン
「トランジション・タウン」。これは2005年にイギリス南部の小さな町トットネスで始まった、石油依存と環境破壊の持続不可能な社会から、持続可能な社会へ移行(トランジション)する市民運動だ。現在、世界で1000近くの地域に広がっている。日本では全国43の地域に存在し、その第一号が「トランジション・タウン藤野(以下TT藤野)」だった。持続可能な地域社会づくりの主軸となるのは「食べ物・エネルギー・コミュニティ(関係性)を自分たちでつくること」。将来たとえ石油が枯渇しようと、経済システムが破綻しようと、しなやかに生き延びられる地域社会を少しずつ、楽しくつくっていくことを目指す。ポイントは住民の主体性で、例えば国策で自然エネルギー開発が進むことを待ち望むのではなく、自分で小さな電力をつくってみるなど、日々の暮らしを一人ひとりが考え、創意工夫と協力をしながら行動を起こす姿勢を大事にしている。
地域通貨で育まれる助けあいの関係性
TT藤野から生まれ、特にコミュニティ活性化の部分で大きな役割を担っているのが地域通貨「よろづ」だ。2009年秋に15人で始めたものだが、現在は約180世帯、およそ300人が参加し、毎月数人ずつ加入者が増え続けている。藤野で使われているのは紙幣を発行するタイプではなく、初期費用がほぼかからない通帳型。住民それぞれが個別にやり取りをし、プラスやマイナスを書きこんでいく。通常の貨幣システムと大きく違うのは残高がマイナスでも構わないこと。コミュニティ全体の合計は常にゼロなので、誰かがマイナスなら誰かのプラスになっているからだ。それよりも大事なのはどんどん使い、循環させること。何も実体のないお金だが、使えば使うだけ、地域に何かしらの価値が生まれていくのだ。
加入者は、全員の「これができます(あります)・これがほしいです」が並んだ台帳と、誰かが書きこむと全員が見られるメーリングリストを活用してコミュニケーションする。例えば獲れすぎた野菜、七五三の衣裳、冷蔵庫、さまざまな「いりませんか?」「ください」が日々飛び交い、そこに地域通貨が使われている。特筆すべきは、物のやりとりだけでなく、不在時の庭の水やりやバッテリー上がりの救援、買い物代行などにも活用されていることだ。隣人に毎回頼むのも悪い、でも企業のサービスにお金を払うほどでもない、そんな困りごとを気兼ねなく頼める、地域の助け合いの潤滑油にもなっている。