100年後の地域のために
「地域貢献を考えると、子供に行き着く」と近江さん。コバルトーレでは、子供たちが様々な経験、考え方をできる場として、サッカースクールや幼稚園の巡回指導を行っている。「サッカーをしていると、みんなが本気で笑ったり、怒ったり、泣いたりする。チームの中に表現を引っ張る子がいて、個人で強くなる前に、一つの塊として強くなろうとする。だからスポーツって面白い 」。
ハードを造った後でソフトをつめこむのではなく、ソフトが先にあってそれに追いつく形でハードができるのがまちづくりのあるべき姿、というのが近江さんの考えだ。コバルトーレは、女川のまちづくりを牽引するソフトの役割を担っているのだ。
クラブは、2017年のJリーグ入りを目指している。今すぐ上へと考えないのには理由がある。「女川の復興計画が進み、町の形ができてくる時に一緒に上がりたい。2016年に、町に新しい競技場ができる計画がある。そこで昇格を決めて、Jリーグに参入する。それが地域のためにもいいし地元の人も喜ぶと思う」。
女川町からは100年続く地域クラブになることを期待されている。近江さん自身も「自分たちは種をまいているだけ。僕らが生きているうちに成功するとは思っていない。次の世代が、そして町が、温めて成功させてくれるクラブを目指している」という。100年先を考え、短期的な強さよりも、町とともに歩むことを重視しているのだ。
文化をつくり、終着の町に人を集める
日本全国、さらには海外を飛び回る仕事からコバルトーレに転じた近江さんは、「女川は終着の町 。そこに一番光るものがあることが大事」という。牡鹿半島という地理的な先端に位置し、交通の終着地でもある町に魅力があれば、周辺地域にも観光事業が波及する。
コバルトーレはチームの活動に加え、今後、地域に人を呼ぶための新しい事業を構想している。
一つはスポーツ宿。女川町の持つ施設管理を受託し、施設を活用してスポーツ合宿を誘致する。もう一つは私立高校の設立。外から来た若者が3年間でも町民になれば、人口減が続く町にとって大きな財産である。「宿や学校も、コバルトーレを通じて全部つながるんです。一万人の町にJクラブができたら、県外から人が来るようになる。スポーツ宿ができたら、日本一の朝ごはんを提供して、宿泊した子供たちには魚の食べ方から教える。滞在中に牡蠣漁の体験だってやってもらう。コバルトーレは文化なんだ」。
近江さんには、自信を持ってそう言える理由がある。「元々縁のなかった選手たちが家族を持ってここに住んでしまっていること、これが文化という証拠」。トップの選手23名のうち17名までもが県外出身者だ。
日本各地から集った若者は、子供たちの憧れとなった。教育関係者によれば、女川の中学生は「将来コバルトーレの選手になりたい」と口にし、小学生たちはスクールに通っていることを得意げに話すという。コバルトーレ卒業生2名が講師として小学校に勤務するなど、地域を支える人材も輩出している。
「すんごく楽しみなんですよ、この先が。ヨーロッパで100年続いているクラブ(※)だって、はじめはゼロだった。100年後に成功があるとしたら、コバルトーレは7年やっているから、そこに確実に近づいているんです」。教育、観光、文化といったソフトの面からまちづくりを牽引する、女川ならではのサッカークラブ。その可能性は、まだまだ広がりそうである。今後のコバルトーレと女川の町が楽しみだ。
※マンチェスター・ユナイテッド(1878年創設)やFCバルセロナ(1899年創設)などヨーロッパの伝統クラブは、地域のブランド価値を上げるだけでなく、その歴史を住民と共有し、アイデンティティに深く関わる存在=文化となっている。
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