四方をビニール囲まれた農園。天井は開いているが、横通しの紐にたくさんの黒い布の切れ端が垂れ下がり、光を柔らかく散らす。その下の地面には、腰ほどの高さに立て掛けられたホダ木が並ぶ。ホダ木とは菌を植え付けるために長さ1メートルほどに切られた原木のこと。これにドリルなどで穴を開け、椎茸菌を接種。それから木を2年ほど熟成させると3年目から椎茸が取れるようになる。
岩手県県北に位置する普代村の2人の椎茸生産者が、それぞれ「茶花どんこ」と「花どんこ」で農林水産大臣賞を受賞した。人口3000人規模の自治体の復興を支援する快挙と村の広報誌でも取り上げられた。
「どんこ」は、「冬菇」と書き、冬を越え、傘が規定以上開いた椎茸を指す。正路正敏さん(53歳)の茶花どんこは、寒暖差や乾燥をうまく利用して作ったヒビが花のような模様を作る。中居齋さん(74歳)の花どんこは、白い椎茸に花のような模様がはいり、視覚的な趣を添える料理に使われる。味の評価も高く、岩手のどんこは、「肉厚で、椎茸本来の味がする」と高い評価を得ている。
受賞は、めでたいニュース。ただ、単純に祝うだけとは違った想いを、正路さんと中居さんは持っていた。それはこの受賞が、県下の他の椎茸生産者を励ますきっかけになれば…というものだ。
実は、岩手県の南部の椎茸生産者は、福島第一原子力発電所事故の影響を受け出荷制限や自粛要請を受け、事業を再開できないでいる。普代村は県北に位置することもあり、そういった制限は受けていないが、風評被害により椎茸が買い叩かれる状況だ。たとえば、以前であればキロ単価5000円だったどんこが、「1000円でよければ引きとるよ」と言われる状況。「それだと来年育てる費用にもならない」と正路さんは顔をしかめる。こういった事情が重なり、多くの椎茸事業者が言うなれば廃業の瀬戸際にあるのだ。「賞の受賞で、少しでも『岩手のどんこ』がメディアに載り、人の目を引いてくれれば」と正路さんは話す。
一矢報いる…とまではいえないかもしれない。しかし、岩手県の椎茸の品質の良さをアピールし、同じ生産者たちが復帰する際の支えになればという強い想いが、二人にはある。
写真・文=岐部淳一郎
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